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「登場人物の気持ちを答えよ」という国語の授業が大間違いなワケ

様々な教え方を実践して気づいたこと
国語の物語文の授業で、「登場人物の心情を問う」ことがよくある。しかし、教科書に掲載された文章から、子供たちが登場人物の心情を正確に読み取ることは、はたしてできるのだろうか。32校の小学校で教壇に立った現役の先生・須貝誠氏が、自身の授業経験もふまえて解説する。

登場人物の気持ち、わかりますか?

国語の物語文の授業において、全国の学校の多くの教室で、登場人物の心情を問う授業が行われている。

登場人物の心情を問うことは難しい。同じような物を見たり、経験したりしても、そのときの気持ちは、人それぞれだからである。たとえば、コップに水が半分残っているとする。「もう半分しかないなあ」と思う人もいれば、「まだ、半分もあるぞ」と思う人もいるだろう。

このように、人の気持ちの捉え方は人ぞれぞれに異なる。登場人物の心情を推し量るのは、たとえ大人であっても非常に難しい行為なのだ。

心情を問う授業の実態

それでも、実際には、本来難しい心情を問う授業が行われている。

授業参観、公開授業などで物語文の授業を見たという方は多いだろう。そこでは、子供が考えた登場人物の心情を、何でも正解にされていたのではないか。

「このとき、Aは、どんな気持ちだったと思いますか」と教師が問う。

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子供が答える。

「悲しい気持ちだったと思います」
「いいですねえ。他にありますか」

「嬉しいとも思うけど、さみしくもあると思います」
「そうだよね」

こんな感じで授業が行われていなかっただろうか。

 

実際、子供の考えを何でも正解にしてしまう物語文の授業はよく行われているのだ。筑波大学附属小学校の教官だった白石範孝先生も著書『国語授業の教科書』(東洋館出版社)の中で「イメージと感覚だけの授業でなく、論理的思考ができる子どもを育てよう」と初めに書いている。

イメージと感覚とは、子供が文章中から捉えたことでなく、自分の頭で考えたこと、想像したことを指している。

「イメージと感覚だけの授業」で、よく見られるのは、

① 吹き出しに心情を書かせる授業
② 物語を劇にし、実際に演技をさせながら心情を捉えさせようとする授業
③ 心情曲線を使う授業

の3つである。