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「さようなら橋本治さん」~ひとの死とは何か、を考える

橋爪大三郎特別寄稿

「橋本治」というひと

橋本治さんが亡くなった。急なことだった。巨星堕つ、とはこのことだ。これから人びとは永く、このひとの喪失を味わうだろう。

橋本さんは私と同年(学年はひとつ上)である。享年70。団塊の世代だ。でもいち早く、いろいろなこだわりを捨てて、自由に生きたひとだ。その軌跡は、同時代の誰とも重ならない。私はかすかに、橋本さんと接点をもったことを幸いに思う。

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橋本さんが有名になったのは、東大駒場祭のポスター「とめてくれるなお母さん、背中のいちょうが泣いている、男東大どこへ行く」である。

東大闘争が始まり、そのゆくえは誰にもわからなかった。当時、サイケやヒッピー文化が流行っていたが、それと微妙に距離をとっているところが橋本さんらしい。ポスターを描いて遊んでいて、しかも自分が何をやっているのかよくわかっているところがよい。

 

橋本さんはキャンパスの有名人だったから、私も彼のことは知っていた。本郷の文学部で、教室が一緒になった。橋本さんが休んだ翌週に、ノートを貸してくれる?、と言われた。そんなことを言われるとは思わなかった。私の存在を認知してくれていた、と嬉しかった。

橋本さんは聡明なひとで、何でもできてしまう。クイズグランプリというフジTVのクイズ番組があった。なみいるライバルをおさえて全問正解、グランドチャンピオンに輝いた。百科事典がまるごと頭に入っているとしか言えない博識ぶりだ。

卒業後、橋本さんは『桃尻娘』シリーズで有名になった。無数の本を書きまくった。桃尻訳枕草子とか、窯変源氏物語とか、古典語を現代俗語に置き直す。ルターの聖書のドイツ語訳にもあたると思えばよい。

だいぶ前、加藤典洋さん(だと思う)に、橋本さんの『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)が面白いよと勧められた。

読んだらすごい本だった。受験参考書の体裁をとっているが、国文学の常識をひっくり返している。国文学は、平安の王朝文学を古典とし、文法もその時代を規準とする。橋本さんによると、この時代、まだ日本語は成立していない。兼好法師が随筆で漢字仮名まじり文の文体を完成したのが、日本語の成立の時点であるという。

江戸のプレ近代思想を考えようと、『小林秀雄の恵み』(新潮社)を読んだ。橋本さんは小林秀雄を、面白いおじさんだとしていて、温かい。そして本居宣長は、桜に恋していたのだという。『小林秀雄の悲哀』(講談社選書メチエ、2月刊)を書くのに、とてもためになった。

『双調平家物語』(中央公論新社、15巻)は、平安から鎌倉に移り行く叙事詩を、まるごと口語に移しかえようという大作だ。そのノートだという、『権力の日本人』『院政の日本人』の二冊には度肝を抜かれた。

朝廷に渦巻く権謀術数の具体的なさまを、人びとの心の内まで手に取るように精確かつ克明に読み取っていく。歴史学以上の歴史学、社会学以上の社会学、文学以上の文学がここにある。驚異の達成だ。