50年前に廃線で交通空白地帯となった酒場がなぜ今も賑わうのか

ロビンソン酒場を往く

4年前、ある酒場の名物女将が亡くなった。東京都江戸川区にある酒場『カネス』の女将、浅野静子さんである。96歳だった。

このお店、どこから行っても遠い。現在、『カネス』の最寄り駅は都営新宿線の一之江駅である。ここからだいたい7、800メートルあるから徒歩で10分くらいかかる。

店の前はバス通りで店の目の前にバス停『一之江五丁目』がある。朝は一時間に4、5本のバスがあるが、他の時間帯は2、3本しかない。したがって、バスがあるから便利というわけではない。ちょっとした交通真空地帯なのである。にもかかわらず、この店はいつも流行っている。

なぜなのか。

そんな『カネス』のように、、どちらかといえば離れ小島のような場所にありながら、なぜか長い間にぎわっている酒場が日本の町々には時々ある。

これを『ロビンソン酒場』と呼んでいる。

 

勘を頼りに「五感に響く」酒場を探し歩く

ロビンソンとは、もちろん、ダニエル・デフォーによる英文学の名作、ロビンソン・クルーソーの漂流譚『ロビンソンクルーソー』をもじっている。

私は、長いあいだ、日本中の酒場を探してはお邪魔してきた。「酒場は出会い」だと思っているのでネットなどで事前に検索することはなるべく避けている。知らない街に来たら勘を頼りに歩く。

お城があるような地方都市なら、盛り場は大概駅の近くにはないので、駅前の地図を見てそれらしい名前の通りや地区名の場所を目指す。あるいは官庁街の裏通りみたいなところにも案外小さな店が軒を寄せ合っていたりする。

ところが『ロビンソン酒場』の場合は、そうしたセオリーがあてはまらない。行っても行っても酒場が密集することがなく、むしろどんどん街はさびしくなっていく。足取り重く、駅前に散在していた何軒かに寄っておけばよかったと後悔しはじめるころ、突然姿を現わすのが『ロビンソン酒場』なのである。

その一つが、東京の江戸川区一之江にある『カネス』である。

この店は拙著『コの字酒場はワンダーランド』(六曜社)でも訪れているコの字酒場である。コの字酒場とは、カタカナの「コ」の字型のカウンターがある酒場のことだ。これはチェーンの牛丼屋などはふくまれない。

ああいうものは、マーケティングと効率とコンサルタントと不動産屋の話しをかき混ぜて作ったものであって、風俗、流行にはなりえても、心の拠り所になるものではない。コの字酒場の「コ」の字は、その内側にいる店主たちとその外側を囲む客たちが、毎夜、舞台をつくりあげるような酒場である。五感に響く酒場である。

コの字酒場の能書きはこのくらいにして、肝心のロビンソン酒場としての『カネス』である。この店の創業は1932年である。

1932年といえば昭和7年。その先の暗い道のりを暗示するかのように、五月には五・一五事件がおこり、犬養毅が暗殺された。八月にはロサンゼルス五輪が開催された。日本選手団は軍服で行進したという同大会で、西竹一が馬術で金メダルを獲得した。

オリンピックの馬術競技で日本が獲得したメダルはいまだこの一つだけである。その西は昭和20年に硫黄島で戦死した。歴史はすべて地続きである。