「不都合な現実」をめぐる、科学とリベラルの対立の根本原因

「言ってはいけない」事実をどう扱うか

グーグル、エンジニア解雇騒動の裏側

生物学や遺伝学など、生命にかかわるあらゆる学問で進化論は共通の基礎となっており、その領域は進化心理学や行動経済学などへとますます広がっている。これらはいずれもアカデミズムのメインストリームであり、けっしてアンダーグラウンドではない。

それにもかかわらず現代の進化論がいまだにある種の「タブー」として扱われているのは、それが「不都合な真実」を含んでいるからだ。当たり前の話だが、生命は40億年かけて、ヒューマニズムのイデオロギーに則って進化してきたわけではない。

その典型例が、木澤氏も触れているグーグルの「反多様性」騒動だ。元エンジニアが作成したメモが社外にリークされて問題化したもので、「女性は得てして物よりも「人間に関心を持つ」ことが多く、女性は「より協力的」で「より心配しがち」」だと述べ、グーグルが進めている(女性を増やそうとする)多様性制度に疑義を唱えた1

表現の問題はあるとしても、男性と女性が進化の過程で異なる適性を持つように進化してきたというエビデンスは大量にある。旧石器時代に狩猟を担った男は空間把握能力や論理・数学能力を発達させ、集落の近くで子育てをしながら集団で木の実などを採集していた女は言語性知能や共感力を発達させたというのは、ほぼすべての進化心理学者が(程度の差はあれ)合意するだろう。

グーグルを解雇された、ジェームズ・ダモア氏(右)〔PHOTO〕gettyimages

グーグルはこの社員を解雇したが、その理由は「「攻撃的な」文書が「危険な性別のステレオタイプ」を推進した」からで、男女になんのちがいもないというエビデンスを提示したわけではない。

この処罰に対して批判が起きたのは、常に「科学」の側に立つはずのグーグルが、(すくなくとも)エビデンスを提示した社員の表現の自由を、エビデンスなしに否定したからだ。これはグーグルがPC派に屈服したことを意味する。

私の見方では、グーグルにはこの社員をなんとしても解雇しなければならない切実な理由があった。それは、この問題を放置しておくと破滅的な事態を引き起こす恐れがあったからだ。

 

ここで俎上に上がったのは男女の多様性だが、シリコンバレーはより深刻な多様性の問題を抱えている。それは「人種多様性」で、誰もがすぐに気づくように、IT企業の人種構成はユダヤ系、インド系、ヨーロッパ系白人、東アジア系に大きく偏り、黒人やヒスパニックは極端に少ない。シリコンバレーの企業はこのことを、人権活動家などから強く批判されてきた。

グーグルがもっとも触れられたくなかったのは、(おそらく)この「人種多様性の欠如」だった。これはアメリカ社会のもっとも敏感(センシティブ)な部分で、だからこそ問題が飛び火する前にスキャンダルの芽をつぶしておかなくてはならなかったのだ。

オルタナ右翼と「科学」の関係

PC論争が「科学」と「イデオロギー」の対立だとすると、なぜ科学が新保守主義(オルタナ右翼)と結びつくのだろうか。

その理由のひとつは、「氏が半分、育ちが半分」のような、私たちの素朴な観察の多くが科学的にも正しいからだ。いっさいの遺伝的影響を認めず、こころは「空白の石版」だとするPC派の主張は荒唐無稽な「反科学」でしかない。

男女の性差も同様で、「男の子と女の子とは生まれながらにして(ある程度)ちがっている」という常識は脳科学によっても裏づけられている(男と女では同じ刺激でも脳の活動が異なる)。人種や性別にかかわらずすべてのヒトは「ヒューマン・ユニヴァーサルズ」を共有しているが、だからといって、いかなる生得的な差異も存在しないことにはならないのだ。