36歳の編集者が、市川に「小さな出版社」を立ち上げたワケ

「知の衰退を食い止めたいから」
現代ビジネス編集部 プロフィール

日本の知の衰退を食い止めたい

もうひとつ進めているのが「研究会の運営」です。

いま、特に地方を中心に、全国の学会・研究会の衰退がはじまっています。衰退する学会、といってもピンとこないかもしれませんが、地方にある人文系の学会というのは、学校の教員をやりながらある事柄を研究しているような、いわゆる郷土史家的な人たちによって運営されてきました。

運営といっても、基本的にはボランティアです。これまで仕事の合間を縫って学会を運営してきたけれども、無償でやるのが厳しくなって、存続を諦めようとする学会が増えていると聞きます。

学会の衰退は、日本の知の衰退につながります。だから、こうした学会におカネが回る仕組みを作って、知の衰退を食い止めたい。

ごく簡単に説明するなら、学会に所属するのはハードルが高いけれど、その報告会や勉強会には参加してみたいとか、あるいは少額だけれども支援したいという一般の方は、結構いるんです。そこで、関心のある人が気軽に学会に参加できるように、クレジットカードで年会費を払えるような仕組みを作る。

この、カードで支払えるというのが実はとても重要で……一般から参加者を募る『開かれた学会』は、あるにはあるんですが、システムが全然時代に合っていなくて、会費は郵便振替でなければ払えません、みたいなところが多いんです。スマホで年会費を払えるぐらいの仕組みにしないと、なかなか一般の方は参加しようとは思いませんよね。

 

そこで、我々がその決済の仕組みを作るお手伝いをしようと。あとはその学会の会報を何カ月に一回、PDFで発行するなどの特典制作の支援をしますよと。

これで一般の会員が増えれば、十分な運営費が捻出できるかもしれないし、会員が増えれば学会を続けるモチベーションにもなります。

大学に紐づいている学会も、運営自体はしっかりしているように見えるけれど、実際に学会の運営を回しているのは大学院生らで、彼らは基本的に無償で運営をやっている。学会の足腰を強くして、彼ら院生に報酬を払えるようにするためにも利用できるようなシステムを作ろうと思っています。

最初の取り組みとして、佐藤信弥さんや広中一成さんらが参加する中国史の研究会をまもなく立ち上げます。研究者はもちろん、一般の方も会員として参加できる学会です。会費を募って、それを運営費に回す。会費を出してくれた方は、報告会にも参加できるし、会報も手に入れることができる。規模が大きくなれば、シンポジウムを行うこともできるようになるでしょう。

学会を軸にしたオンラインサロン、といえば理解しやすいかもしれませんね。運営者にも会報に執筆してくれた方にもおカネが回る、そんな仕組みを作りたいと思っています。決して『やりがい搾取』にはしません(笑)。

<こうしたアイデアは構想の一部にすぎず、まだまだやりたいこと、やるべきことはあるという。「すべてがうまくいくかは分かりませんが」と付け加えたうえで、最後にこう話す。>

根底にあるのは『自分の作りたい本を作って出版したい』『真面目に研究している人たちの支援をしたい』という純粋な気持ちです。

好きなことをやりたいけれど、好きなことをやり続けるためには、ビジネスの仕組みを考えなければならない。だから新しい会社を作った。それだけなんです。

市川に事務所を構えた理由ですか? 新しい仕組みをつくるためには、じっくりとものを考える時間が必要です。東京の中心にいると、ネットのスピード感に流されてしまって、なかなか落ち着いてものを考える時間を確保するのが難しい。

市川は、都心から電車で30分も離れていないのに、時間の流れがずいぶん緩やかです。頭の中が煮詰まってきたら、歩いて5分で江戸川の土手に出られます。そこに寝転がりながら新しいアイデアを考えるのが至福の時間。

一軒家を借りていますが、家賃は10万円ほど。都心と比べてはるかにリーズナブルであることも、市川を選んだ理由の一つ。起業するコストは、驚くほど下がっているということは、皆さんにもお伝えしたいですね。

小さな会社ですが、2年目までに年商2000万円を目指して、最終的には10人ぐらいを抱えられる会社に成長できればと思っています。

前述の重永瞬氏の『大阪市天王寺区生玉町におけるラブホテル街の形成と変容』は、累計販売数が「250冊を超えた。驚くほどの勢いです」(平林氏)という。新年早々幸先のいいスタートを切った志学社のこれからに要注目だ。