36歳の編集者が、市川に「小さな出版社」を立ち上げたワケ

「知の衰退を食い止めたいから」
現代ビジネス編集部 プロフィール

「ヒット論文」をつくる

<平林氏が二つ目にあげるのが、「論文の電子化と販売」だ。ごくシンプルに言えば、これまで研究者や大学院生でなければほとんど読む機会のなかった(あるいは読むのが困難だった)学術論文を電子化して、amazonなど購入できるようにする、というアイデアだ。>

壮大すぎる目標ですが、スマホ一台あれば、研究者が必要な論文にアクセス可能な環境をつくることです。

研究者や大学院生らのツイッターを見ていると、「この紀要に収められている論文、とても面白い」といったつぶやきが拡散されることが結構あります。

ところがその論文を読もうと思っても、現状ではなかなか手軽に読むことはできません。論文が載っている学術誌や紀要そのものを手に入れるか、その要約されているものを見るしかなかったりする。それが研究の妨げにもなるし、また一般の読者が研究に触れる機会を喪失していると感じていました。

だから、研究者が自分の書いた論文を電子化して、すぐ販売できるような仕組みを作ります。話題になっている論文が電子化されて、それこそ300円ぐらいの低価格で販売されてすぐ読める状態になっていれば、SNS上でバズった時にひと晩で論文が100本売れる……ということもあるんじゃないかと思っています。

 

もちろん著作権などの諸々の問題はありますが、それらをクリアしたうえで、大学院生やポスドクの人でも自分の論文を販売できるような仕組みを作る。そして、その売り上げの何割かは執筆者に還元する。そうすれば彼らの研究資金にもなるし、なによりも、自分の論文が読まれているという実感が、研究の励みにもなるでしょう。

その論文が話題になれば一般向けに書籍化される可能性もあるでしょうし、あるいはその人の研究に必要な資金をクラウドファンディングで集めるための手段にしてもいい。論文販売を媒介として、新たな研究の可能性が拓けていくはずです。

<そのモデルケースとして、志学社は先日、一本の論文を販売した。一体どんな論文なのか。>

ラブホテルについての論文です。

京都大学の学生である重永瞬さんが「地理学研究会」というサークルの会誌『鯨観図』に載せた、大阪・生玉町のラブホテルの変遷について調べた論文があって、これが抜群に面白い。史料を駆使してラブホテル街の成立を探るところからはじまり、実地調査もしてラブホテルの敷地と名前がどういう風に変わったかを追っている。

戦後すぐは『ベニヤ』という名前だったラブホテルが、途中、ニューヨーク、ニューオータニを経て、最終的に『ブロッコリー』になるまでを見ていくと、時代ごとの流行りもわかるし、日本の風俗史も見えてくる。ラブホの研究というとネタっぽく聞こえますが、歴史地理学の論文としてよくできているんです。

この論文も入った100ページくらいの冊子が、京都大学の学園祭で、200円で売られていたんですよ(笑)。買って読んだら、ほんとに面白くって。

すぐに重永さんに連絡を取って、『この論文、電子化して販売しませんか?』と提案したら、快諾してくれました。そこで、改めて査読を通して、『大阪市天王寺区生玉町におけるラブホテル街の形成と変容』というタイトルで『志学社論文叢書』としてKindleで販売したところ、一晩で150冊売れました。アンリミテッドの分はまだ算出されていませんが、これまでになかった「ヒット論文」になったと感じています。重永さんにはぜひラブホ研究を続けて、いずれラブホ論集を出して欲しいですね。