愛人3人、借金13億円…亡くなったあの有名人たちの豪快すぎるエピソード

ハチャメチャだけど、もう一度会いたい
週刊現代 プロフィール

丹波哲郎しか許されない

俳優の世界では、丹波哲郎も豪傑。なにしろセリフは覚えてこないうえ、遅刻魔だった。大ヒットドラマ『Gメン'75』で共演した女優の藤田三保子さんが明かす。

「遅れて来てもサッとお帰りになる。ちょいと、羨ましかったです(笑)。長い台詞のときは物陰に台本を隠して見ていましたね。でも慣れたもので、目線は下を向いていても自然な演技なんです。

あんなに周囲にスタッフがいるのに、知らん顔してカンペを見ているのは大スターならでは。遅刻してきても、堂々としていて、『俺が来たから、もう大丈夫だ』って(笑)。

セクハラなんて言葉がメジャーではない時代、ゲスト出演の若い女優さんが緊張しながら現場に来ると、丹波さんは『お前には良い背後霊がついているぞ』と言いながら、あえてみんなの前でお尻をナデナデする。

これでみんなが笑って、現場が和むんです。後にも先にも丹波さんほど器の大きな男性に会ったことはありません」

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丹波と言えば、隠し子が発覚して、'89年に開いた会見が独特だった。

「子供というものはね、あの親のもとで修行したいと霊界から親を選んで勝手に出てくるんだ」

霊界研究家でもある丹波流の言い回しで、レポーターを煙に巻いた。

 

俳優・タレントの毒蝮三太夫は、親友だった立川談志との思い出を語る。

「談志が初めて選挙に出たとき、俺も応援に行ったんだ。選挙カーに乗って演説していると、反対車線から対抗馬のクルマが来た。

その場合、『○○先生、ご健闘をお祈りしております』と礼儀を尽くすのがルール。しかしアイツは、いきなりマイクを取って、『○○先生、落選をお祈りしております!』って言った。そんな破天荒な男だったよ。

議員になってから、可愛がってもらっていた佐藤栄作さんの葬儀に談志は参列した。

そしたら奥さんから『何か形見に欲しいものがあったら言ってください』と声をかけてもらった。すると談志は、祭壇に置いてあった『ノーベル平和賞のメダルが欲しい』と言い出して、断られていたね(笑)。

談志は結婚式も葬式にもよくジーパンで行った。だから彼は常識がないと世間では言われていた。でも、無駄なカネは使いたくなかったし、単に見栄を張らなかっただけなんだよ」