“過去の遺物”でビール革命!“伝説のホップ”仕込みのエールを飲む

醸造科学に新展開をもたらした謎の成分
中川 隆夫

「ソラチエース=野茂英雄」現象

ちょうどその頃、ニュージーランドでも「ネルソンソーヴィン」という希少ホップが話題になっていた。白ワインのような香りがするビールができるというのだ。

じつは、このような個性的な香りのホップを育種するブームは、ニュージーランドやオーストラリアで先行し、すぐにアメリカに派生していった。アメリカでも柑橘系の香りが強いシトラなど、新たなホップが登場し、ついには本場・ドイツも重い腰を上げて、香りに注目したホップの育種に乗り出してきた。

「2000年より前のホップは、アロマホップとビターホップという大まかな分類しかありませんでした。『香りが上質/苦みが強い』といった分類です。クラフトビールのブームもあって、より個性的な香りと味をビールに求めはじめたのが、2000年以降の潮流です」(蛸井さん)

野球でたとえれば、独特のフォームで投げる野茂英雄のようなピッチャーが10代でアメリカに渡り、大リーグ入りしてから日本に凱旋してくるようなものだ。強い個性が特徴と肯定される時代だからこそ、一度は忘れ去られたソラチエースがいま、脚光を浴びている。

新井さんも、「ビールのトレンドは、このところずっとホップが担っています」と相槌を打つ。つまり、ビールの新しさを表現するのが、ホップだというのだ。

しかも、一時期流行した苦みの強いIPAのクラフトビールもそろそろ疲れが見えてきた。苦みは抑え気味でも、香りを楽しむビールの飲み方が広がっているのだ。

ソラチエースも、その流れの中にある。

サッポロビールでは、アメリカでの再発見後に同国産のソラチエースを逆輸入して、ソラチエースだけでつくったビールを試験的に何度か投入している。銀座のライオンで提供されたのも、そのうちのひとつだ。

そして折も折、今日2019年4月8日、ソラチエースを使った「Innovative Brewer SORACHI1984」が発売される。「1984」はもちろん、ソラチエースが品種登録されたその年を表している。

独特の香りの源は?

ところで、ソラチエース独特の香りや味は、どのように生まれるのか。それを科学的に分析したのが、蛸井さんたちの研究グループだ。

ソラチエースの成分を抽出・分析した結果、他のホップに比べて「ゲラン酸」が多く含まれることがわかった。早くも“正体”を突き止めた!?

【図】ソラチエースにはゲラン酸が多く含まれる
  ソラチエースは、他のホップに比べて「ゲラン酸」が多く含まれることがわかった
【図】ホップとビール中のゲラン酸含有量
  さまざまなホップ中のゲラン酸含有量(上)と同じホップで醸造したビール中のゲラン酸含有量

「ところが、ゲラン酸そのものには香りがほとんどないんです。淡色ビールにゲラン酸のみを加えて官能評価(人が感じる香りの強さを調べるテスト)をしたところ、香りの変化はあまり出なかった」(蛸井さん)

では、あの芳醇は香りはどこから生じるのか?

「面白いことに、ソラチエースに含まれるゲラン酸以外の香気成分を加えておいたビールにゲラン酸を添加したところ、香りの特徴が強くなったんです。官能評価でも、花やレモンのような香り、フルーティさなどの評価が上がりました。つまり、ゲラン酸は他のホップ由来の香気成分と合わさることで、レモングラスっぽい独特な香りを形成するのです。きわめて興味深い現象で、論文にまとめました」(蛸井さん)