“過去の遺物”でビール革命!“伝説のホップ”仕込みのエールを飲む

醸造科学に新展開をもたらした謎の成分
中川 隆夫

教科書には載っていた

ところが、21世紀に入ったあたりから状況が変わってくる。

顕著な例は、アメリカで起きたクラフトビールブームだ。小規模ブルワリーが個性的な味わいのビールを造りはじめ、ビール好きに広まっていく。ブームの芽は、すでに20世紀末にはじまっていた。

「個性的なソラチエースは、アメリカなら芽が出るのではないかと、1994年に株をアメリカの農場に持ち込んでいました。とはいえ、栽培していたというより、畑に植えっぱなしという状態だったようです」(新井さん)

【写真】ホップの農場
  ソラチエースの株をアメリカのホップ農場に持ち込んだが、植えっぱなしの状態だったという photo by gettyimages

一方、1989年にサッポロビールに入社した蛸井さんは、ホップの教科書でソラチエースの存在を知った。同社独自の新種ながら、醸造には使われることのない「伝説のエース」という位置づけだったのだろう。

アメリカの農場で再発見!

2002年前後のアメリカで、ソラチエースの運命を変える出来事が起こる。

クラフトビール用のホップを探し歩いていた農場マネージャーのダレン・ガメシュ氏が、強い香りのするホップ畑に足を止めた。嗅いだことのない香りに衝撃を受けた同氏は、その球果をブルワリーに持ち込んで、ビールを造ってみた。

できたビールは、予想どおりに個性的だった。

クラフトビールには、ホップの苦みを強く出したIPA(インディア・ペールエール)とよばれるビールがある。こちらも個性的で、クラフトビールブームを牽引した立役者だが、ダレン氏が使ったホップは、香りが独特だった。

フルーティな香りに加え、喉ごしはレモングラスなどの香りを醸し出す。飲んだ後に、ココナッツのような甘さを感じる人もいた。試飲した人が一様に下した評価が、「ビールの質が一段上がる」というものだった。

もうおわかりだろう。

ダレン氏が再発見したホップこそが、植えっぱなしの状態で毎年、新芽が育っていた「ソラチエース」だったのだ。

まもなくアメリカのクラフトビール界で知られる存在となり、ヨーロッパにも普及した。そして、そのビールの噂はゆっくりと日本にも伝わってきた。