ヤクザを演じても男の哀しみが溢れてくる…大杉漣の魅力を語ろう

津田寛治×吉田多喜男×篠崎誠
週刊現代 プロフィール

頬を濡らした涙

篠崎 思い返せば、最初に北野監督の映画に出た『ソナチネ』もやくざ者の役でしたが、人柄は『アウトレイジ 最終章』とは対照的でした。

吉田 あの作品では、主人公のビートたけし演じる組幹部・村川の右腕で、冷静沈着な幹部の片桐という男をやってもらいました。普段は寡黙だけれど、肝は据わっていて、いざというときは親分の盾になることも厭わない。

篠崎 大杉さんは「転形劇場」の沈黙劇で世界的にも評価されていましたし、一方、ピンク映画やVシネマでも印象的な役をいくつも演じてこられてきた人だった。

でも、やはり決定的だったのは『ソネチネ』でした。映画の中で兄貴分のたけしさんと廃屋に隠れて、酒を呑んだり、風に吹かれてボンヤリしている場面があるのですが、上手く演技するという自意識を捨てて、ただ、そこにいる。

Photo by GettyImages

津田 僕も『ソナチネ』が映画初出演だったので、「あの大杉さんと共演できる!」と非常に興奮していました。同じ現場で大杉さんの芝居を見ていて、今も鮮明に覚えているシーンがあります。

冒頭、東京の事務所で、大杉さんがカネを貸している客から電話を受ける。最初は静かに淡々と話をしているのですが、急に「(返済)できない……?」とつぶやくと、一瞬黙り込む。そして、「おやっ」と思った瞬間、大杉さんのすさまじい怒声が響き渡る。

「テメェ、ナメてんのかゴラァ! さらっちまうぞ、借りるときだけヘイコラしやがってゴラァ!」

人の演技を見ていて震えあがったのは、あれが最初かもしれない。

吉田 あのシーンには、見ているほうまで思わずビクッとさせる迫力がありましたね。

でも、実はあの場面の一連のセリフは、ほとんど大杉さんのアドリブだったんです。われわれスタッフの側は、大杉さんがあそこまでボルテージを上げてくるとは思っていませんでした。

大杉さんのアドリブを北野監督もいたく気に入って、その後すぐに「彼のスケジュールが空いているか確認しておいて」と周囲に伝えていました。

北野監督は、台本をカチッと固定せず、現場の流れにあわせてどんどん作り変えていく人です。電話シーンの後、村川らは抗争に参加するため、沖縄に渡ります。

当初、大杉さんは東京で留守を預かるという設定で出番が終わりになるはずでしたが、あの思い切りの良い演技のおかげで、沖縄行きが決定する。大杉さん自身の運命をも変えた、名シーンでした。

津田 実は僕も、東京の喫茶店のウェイター役で終わるはずだったんです。でも、同じように北野監督がアドリブを面白がってくれて、「あんちゃんも沖縄、連れて行っちゃおうかな~」って言ってくれた。

僕も一緒に行けることを知った大杉さんは、「なんだか嬉しいねぇ。一緒に頑張ろう」って、ニコニコしながら喜んでくれた。あのはにかんだような笑顔が、大杉さんのたまらない魅力でした。

篠崎 大杉さんは、最後エレベーターの中で、たけしさんの盾になって死んでしまう。私は『ソナチネ』を映画館だけでも10回以上は見ていて、そのたびに、「今度こそ大杉さん助かってくれないかな」という気持ちになります。

 

津田 '98年に公開された『HANA?BI』は、大杉さんの「自然体の魅力」が一番出ている作品ではないでしょうか。この映画で、大杉さんは全身全霊で仕事に打ち込みながらも、犯人に撃たれて下半身不随になってしまう堀部という刑事を演じています。

セリフは多くないのだけれど、障害を抱えながら、愛していた妻子にも出て行かれてしまう堀部の胸中を、手足の動作や表情だけで見事に表現していた。

篠崎 『HANA-BI』のなかで何度見ても泣いてしまうのが、日が燦々と降り注ぐ路上で、大杉さんが花屋の店先に並んだ花々をじっと見つめているシーンです。

花びらの鮮やかな色彩と形状が、大杉さん演じる堀部の眼に飛び込んでくる。花々と、大杉さんの無言の表情が交互に切り返されたあと、涙がこぼれる瞬間は見せず、いつの間にか大杉さんの頬が涙で濡れている。

あの瞬間の大杉さんは、役を上手く演じていたのではなく、「堀部の人生」を生きていたんだと思います。

吉田 当初は、大杉さんのセリフを全体的に増やそうかという話もあったんです。でも、いざ堀部を演じる大杉さんの姿を見ていたら、「余計なものは何もいらない」という結論になりました。

無理に何かを言わせなくとも、大杉さんがそこにいるだけで、男の悲哀がにじみ出ている。

篠崎 大杉さんは、冷静にすべてを計算して演じるのでもなく、我を忘れて「熱演」するのでもない。その都度、その都度、与えられた役を生きていた。

ときにアドリブで暴走するのも、静かにじっとたたずんでいるのも、どちらが「本当の姿」ということでもなく、どちらも大杉さんご自身と役とが、分かちがたく結びついた瞬間だったのではないでしょうか。

吉田 大杉さんに演じてほしい役は、まだまだたくさんありました。『アウトレイジ 最終章』の撮影を終えたあと、「次も面白いものができたらいいですね」なんてことを話しながら、一緒に歩いたことを思い出します。

津田 マンガやドラマで、空を見上げて亡くなった人を思い出すシーンってありますよね。あんなの、フィクションの世界だけのことだと思っていた。でも、大杉さんに限っては、ボソッとしたあの声が、目を細めたあの笑顔が、青空の彼方に本当に浮かんでくる。

篠崎 『バイプレイヤーズ』の最終回で助監督に声をかけられた大杉さんは、ふっと微笑んで、「よっしゃ、じゃ、行きますかね」と立ち上がる。

あれこそ、私たちが知っている大杉さんなんです。あのまま、いまもどこかの現場に立っているんじゃないか。そんな気がしてならないんです。

津田寛治(つだ・かんじ)
'65年、福井県出身。俳優。'93年『ソナチネ』以来、北野武作品の常連。『模倣犯』はじめ出演映画多数。出演作『この道』が1月11日より全国公開
吉田多喜男(よしだ・たきお)
'53年、福島県出身。'75年「勝プロダクション」入社後、フリーの助監督に。市川準監督『つぐみ』『東京兄弟』のほか北野武全作品をプロデュース
篠崎誠(しのざき・まこと)
'63年、東京都出身。映画監督、立教大学教授。映写技師、ライターを経て、'96年『おかえり』で監督デビュー。『東京島』はじめ作品多数

「週刊現代」2019年1月19日・26日合併号より