ミレニアル世代を魅了する奇妙な音楽「ヴェイパーウェイブ」とは何か

アメリカを覆う「ノスタルジー」の魔力
木澤 佐登志 プロフィール

80年代を愛するオルタナ右翼との親和性

さて、前述したSaint Pepsi「Enjoy Yourself」の非公式MVだが、この話にはまだ続きがある。このYouTubeに上げられた動画は、実は過去に一度削除されている。しかも、「ヘイトスピーチに該当している」という理由によって。一体どういうことだろうか。

実はこのマクドナルドのCM映像に登場するマック・トゥナイトは、オルタナ右翼の間で白人至上主義を意味するミーム(人のコミュニケーションを通じて広まる習慣や情報)として流通しているのだ。

これは元を辿るとオンライン・コミュニティ「YTMND」において2007頃から登場してきた「Moon Man」と呼ばれるミームで、マック・トゥナイトのGIF動画に音声読み上げツールを用いてレイシズム的なスピーチを組み合わせるのを特徴としていた。マック・トゥナイトは、ある意味で不可抗力的にレイシズムや白人至上主義を意味するとみなされるに至ったのだ。

 

「Enjoy Yourself」のMVの作者はおそらくこれらの事実を与り知らなかったに違いないが、80年代の平凡なノスタルジアのイメージは、オルタナ右翼のミーム汚染によって今やまったく異なる文脈を帯びるまでになっている。

さらに憂慮すべきこととしては、ヴェイパーウェイヴが一部のオルタナ右翼までも魅了している点だ。ファッシュウェイヴ(Fashwave・ファシズムとの関連を意識した名称)と彼らが名付けるオルタナ右翼発のプロパガンダ音楽は、ヴェイパーウェイヴやその周辺ジャンルのひとつシンセウェイヴ(80年代の映画音楽やビデオゲームを意識したサウンドとレトロフューチャーかつサイバーパンクなビジュアルイメージが特徴)の意匠を取り入れている(あるいは悪用しているというべきか)。

それにしても、なぜオルタナ右翼がラップでもロックでもあるいはフォークでもなく、歌詞をほとんど伴わないヴェイパーウェイヴやシンセウェイヴに魅せられ、自分たちの思想を喧伝するためのプロパガンダに用いようとしたのか。この点を考えることは重要に思える。おそらくここにもヴェイパーウェイヴに満ちているノスタルジックなイメージが関わっている。

オルタナ右翼の論客リチャード・スペンサーは、VICEメディア「Thump」の記事の中で、「オルタナ右翼は80年代への回顧に魅了されている、それというのも80年代こそは穏やかな日々、すなわち白人のアメリカの最期の日々だったからだ」と述べている。

80年代、マイアミ州のショッピングモール〔PHOTO〕gettyimages

ファッシュウェイヴのサブジャンルにトランプウェイヴというのがある。その名の通りドナルド・トランプをフィーチャーしたヴェイパーウェイヴだが、その動画に登場するのは現在ではなく80年代の不動産王時代のトランプだ。すなわち、80年代の新自由主義的な資本主義国アメリカを象徴するイコンとしてトランプのイメージが用いられているのである。

アーティストのSleep ∞ Overは前述の「Thump」の記事の中で、ファッシュウェイヴをいみじくも「兵器化されたノスタルジア」と表現している。

本来のヴェイパーウェイヴにおけるノスタルジアには資本主義と大量消費社会に対する批評的なアイロニーが込められていた。

ところが、やがてそのアイロニーは文字通りノスタルジアを熱狂的に求める人々を前にして機能不全に陥り、ついにはオルタナ右翼に利用されるまでに至った。ノスタルジアという名の亡霊、それは思いのほか根深くアメリカ社会を覆い尽くそうとしている。