ミレニアル世代を魅了する奇妙な音楽「ヴェイパーウェイブ」とは何か

アメリカを覆う「ノスタルジー」の魔力
木澤 佐登志 プロフィール

「未来」=「喪失」という認識

オランダ出身のアーティスト、猫シCorp.はインタビューの中で

「ぼくが思うに、ヴェイパーウェイヴには、9.11以前に存在していた古き良き世界のノスタルジアが深く関係してるんだ。80年代から90年代にかけて生まれた世代の、ノスタルジックな過去への逃避でもある。」

と述べている。猫シCorp.にとって、世界は9・11を境に変わってしまった。それも取り返しのつかないほど良くない方向に。

猫シCorp.の作品『NEWS AT 11』は、あの9月11日の朝のニュース番組のサンプリングから始まる。しかし、ニュースは不吉な事件を告げようとする直前、唐突に心地よいムード音楽のサンプリングが割って入る。まるであんなトラウマ的な出来事など起こらなかったかのように――。『NEWS AT 11』は、9.11以降私たちが未来を決定的に失ってしまったことを暗示する。

そんな猫シCorp.は、ヴェイパーウェイヴの派生ジャンルのひとつMall Softの立役者としても知られる。

80年代~90年代のショッピングモールで流れていたミューザック(ビジネスで利用されるインスト音楽で、エレベーターミュージックとも呼ばれる)のサンプリングと加工、そして3DCGのようにのっぺりとした無機質感や、ヤシの木が生えリゾート感を演出されたモールのどこか非現実的な空間イメージを強調したこの音楽は、かつてあった過去への憧憬であると同時に、どこにもなかった過去への幻想でもある

前掲、猫シCorp.のページより引用

アメリカのショッピングモールは2008年のリーマンショック以降衰退し、多くが廃墟となっていった。しかしMall Softは、私たちが幼少時代を過ごした輝かしい大量消費文化がこの先も延々に続くかのような「ありえなかった未来」をさりげなく提示する。失われた未来が亡霊のように回帰してくるとき、人はそこに抗いがたい魅力を覚えるのではないか。

社会学者のジグムント・バウマンは著書『退行の時代を生きる ―人びとはなぜレトロピアに魅せられるのか―』の中で、ほとんどのミレニアル世代(ヴェイパーウェイヴの作り手でもあり消費する層でもある)は将来生活条件が悪化すると予想しており、親世代が手にした社会的地位を高めるどころか、失うことを恐れている最初の戦後世代であると述べている。

 

拡大する不平等、福祉の削減、増加する移民、AIが雇用を奪うのではないかといった恐れ、等々……。米国人の上位10%がアメリカの富の86%を保有しているのに対して、その他の90%の人々が保有しているのは国富の14%にすぎないという。ミレニアル世代にとって、「未来」とはもはや「喪失」に他ならないのだ。

そのようなノー・フューチャーな状況のもとでは、若者たちはノスタルジアと「失われた未来」に取り憑かれる。

もっとも、それは資本主義に内在する要請でもある。カール・マルクスは『共産党宣言』の中で、永遠の不安定と運動を基盤とする資本主義のもとでは、新しい様式やそれに伴う価値観は、それが固定化する前に即座に古臭くなり、煙のように消えてしまうという旨のことを述べている。

大量消費社会における絶えざる運動と加速は、そこに失われた過去のものに対するノスタルジアを不可避的に生じさせる。