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時間のことを考える、その間も時間が流れて…この循環論法に出口は?

時間とはなんだろう? とはなんだろう
実感できるのに実体はない「時間」について考える、とはどういうことなのか? 考えはじめるスタート地点はどこなのか?
物理学者・松浦壮さんが正面から挑んだ特別エッセイ。

時間の正体をもとめて

時間とはなんだろう?

思うに、この世で最も素朴で、無邪気で、答えに困る問いのひとつではないでしょうか。例えば、小さな子供にこの疑問をぶつけられたら、自分ならどう答えるか?

「時間はね、宇宙全体に流れていて、物を動かしているんだよ。時計が動いているでしょう? あれも時間が動かしているんだよ」

といったところでしょうか。正直、これで子供達を納得させられる自信は全くありません。困ってしまいます。

それなら昔の偉人に教えを乞おう、という事で書物を紐解いてみると、案の定、古今東西、時間を論じた書物は数知れず。切り口こそ様々ですが、この素朴すぎる疑問について考える事を止められなかった人達が、自分の一番得意にしているやり方で真正面から時間を論じています。

よしよし、きっとこれなら答えが見つかるだろう。賢者は歴史に学ぶのだ、とばかりに、コーヒーを片手に読んでみて気付きました。

どうやら皆、昔から困っていたようです。

そして、偉人達の言葉に触れてなお、私は子供達に納得させられるように時間を語る事が出来ませんでした。結果、

「よし分かった。人に頼ろうとした精神が良くないのだ。これでもオイラは学者の端くれ。自分の言葉になっていない薄っぺらな理解なんて使い物にならないことくらい、最初から分かっていたことじゃないか。これはつまり、自分で考えろという事なのだ~!」

と謎の怪気炎を上げて、めでたく、時間について考える事を止められなった人達の仲間入りを果したわけです。

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なぜ循環論法に陥るのか

が、すぐに気付きました。

時間は難しい!

何しろ、「時間とはなんだろう?」と考えている間にも時間は流れています。すると、「時間の事を考えている自分自身を動かしている時間を考えて……」という具合に、時間について考えるために時間を前提にすることになり、すぐに循環論法に陥ってしまうのです。

これはいけません。