絶対に医学部合格…!?医者が「できないわが子」を入れる壮絶予備校

いくらかかってもいいからお願いです
花房 麗子 プロフィール

親は子供の実力を知らない

志村理事長が続ける。

「親御さんはたいがい子供の本当の実力をわかっていません。うちの子はやればできるんです、という親御さんがじつに多い。あるとき『うちの子を1年だけ預かって医学部に入れてくれ。1年でだめならやめます』という方がいて、その時は入塾をお断りしました。

おあずかりした段階で偏差値35だったとしましょう。この子は100人中で95番です。彼が1年間の勉強で医学部に入れますか? それはまず無理ですよね。だけど35だった偏差値を90%の確率で50までもっていきます。50ということは100人中の50番。2年目は50スタートで、偏差値60まで80%の確率で引き上げます。100人中15番です。そして3年目、偏差値60を65まで引き上げれば、もう医学部への合格可能性は80%です。こうやって少しずつゴールまで導いていく。

飲み込みの早い遅いはありますが、偏差値を上げていくには、こうしたプロセスをきちんと踏まなければならないんですよ。勉強をする習慣がつき、思考力がつき、覇気がなかった子の顔つきがどんどん変わっていきます。そうしてついに医学部に入った子は、もう落ちこぼれることはありません。ごまかさないで正真正銘の力をつけて入っているからです。うちの塾を出て、医学部を卒業できなかった子は今のところいません

1年で1000万円かかった生徒

件の脱走してホテルに潜伏した御曹司も入塾から1年後、無事に地方私立大医学部に入学したという。別の医学部専門予備校、家庭教師とあれこれ手を尽くして3年間合格できず、4浪目に『京都医塾』にたどりついた彼を徹底的にたたき直すためには、1000万円近い金額がかかった。それでも合格の報に母親は大泣きし、父親は安堵の表情をみせて感謝の言葉を述べたという。

「開校以来の13年間で、293人が巣立っていきました。少数、どうしても合格ラインに届かない子もいますが、その場合は十分話し合った末で薬学部へ目標を変えるなどして進学させ、最後まで面倒を見ました。13年間で完全に受験を諦めて音信不通になった子は10人未満です」

『京都医塾』の存在を知った人々から、ぜひ東京、名古屋、福岡などで塾を開いてほしいという要望が来るが、志村理事長は京都だけでの指導スタイルを変えるつもりはないという。50人ばかりの生徒は日本全国から集まっており、彼らはいずれも塾が借り上げたマンションや契約している学生寮などで生活している。皆、塾から徒歩5分、遠くても10分以内だ。

「生活をエンジョイするためじゃありませんから。彼らの目標は医学部に入って医者になること。今はそのために全てを勉強に打ち込む時です。集団授業もあるし、隣のブースになれば顔見知りにもなる。でも私は生徒たちに言っています。ここは友達を作る場じゃない。みんなで受かろうと思うな。自分だけが受かるんだと思え、と。そう思うことで逆にみんな受かっていきます」

受験シーズンを迎え、塾から生徒たちに配られた紙がブースに貼ってあった

結局のところ、カネ次第なのか……。こう思う人もいるかもしれない。それとも〝人生に投資した〟と思うだろうか。

いずれにせよ、不正入試で入った子よりも、確実な知識のある医学生になることだけは、間違いがない。