志村理事長はこう力説する。
「うちに来る子たちの親御さんは、父母のどちらか、あるいは両親ともに医者という方が多い。病院を経営されていたりして忙しくしており、子供に時間は割けないけれどもお金はあります、と。お医者さんの父親と専業主婦の母親の場合、息子さんの受験失敗で夫婦仲が険悪だというケースが多い。『医学部に入れないのは、お前の教育が悪いからだ』と夫から責められて、お母さんが面談で半泣きになることも珍しくありません。
そういう時に現在の医学部の受験状況をまず、説明します。最初のカウンセリングは必ずご両親同伴で出席してもらうのはそのためです。
現役医師であるご両親が入学したのはだいたい今から30年ぐらい前ですよね。当時の私立医大は偏差値50ぐらいのところもまだまだありました。
たとえば順天堂大医学部の合格ボーダーラインをご存知ですか?
1990年は偏差値55でしたが、2018年の偏差値は70です。慶応大の経済(A方式で67.5。なお偏差値の数値は河合塾全統模試による)より上です。
失われた20年といわれる平成不況の間に、医学部人気はどんどん高まりました。しかも医局制度の変化で、かつては純血主義だった東大でも慶応でも外部の医学部からの転部を認める方向になっている。そのせいで地方大学でも医学部に入りさえすれば、そこから大きい大学病院に行くことも容易になりつつあります。そのせいで、いまや偏差値60以下の医学部なんて日本中にない。医学部に入るには偏差値65が必要なんです。
私は、面と向かってはっきり言います。『お父さん。あなたが今、医学部を受験したら、たぶんどこにも受かりませんよ』とね」
こう話すと、保護者たちは皆、驚愕しつつ、必死になる。そんなに大変だとは知りませんでした。でもこの子の将来のためにも、どうしても医者への道を開いてやりたいんです、と。
「医師の方達はわかっているんですよ。裏口入学したって意味がないと。だって不正な形で医学部に入れても、本当の実力がなかったら医師免許を獲得するための国家試験に受からないですから。現在、2月に行われる医師国家試験を毎年1万人が受験して、合格するのは9000人。つまり1000人は落第している。医大に入って医師免許がとれずに自主退学する学生がものすごくたくさんいるんです。
ある親御さんはこう言っていました。『先生、うちの娘に2億や3億の財産を分けてあげることは簡単です。でも今の娘を見ていると、生活の苦労もしたことなく、ぼーっとして毎日を過ごすだけ。一生食べていけるといったって、ただ現金を持っているだけじゃ、どうせタチの悪い男かなにかにつかまって、あっという間にむしりとられてしまうでしょう。私は本人の進む道を整えてあげたいんです。そのために数千万円かかったって、安いものです』
たしかにうちに来る子たちの多くは、生活の苦労をしたことがありません。だいたい皆、ニコニコして優しく、だけど覇気がない子が多いんです」