photo by iStock

日本の近代化に大きな役割を果たした『古事記』の意味を再考する

橋爪大三郎の「社会学の窓から」⑦

日本の近代化を形作った『古事記』

『古事記』は日本の近代化に、深く関わっている。日本人はこのことを、忘れてしまっていないか。

photo by GettyImages

『古事記』の特徴は、神話時代(神代)と歴史(人の世)が繋がっていることだ。

これは、特別のことである。中国の古典(六経)は、そうなっていない。インドの古典も、そうなっていない。神々と人間は、別々の生き物である。聖書やコーランも、そうなっていない。世界の始まりに神は、人間を造った。人間はすぐ追い出されてしまって、神と一緒にはいない。人間だけの歴史が始まるのである。

けれども『古事記』では、神と人間が連続的だ。こういう特別な構成であることが、明治維新と、その後の日本の近代化の歩みを決定づけたのである。

 

近代化。それは世界中の人びとが、ヨーロッパ文明の真似をして、国民国家(ネイション)をつくることである。ネイションは、近代化の主役である。

ところがこのネイションが、うまく形成できない。ヨーロッパ文明以外の地域の人びとは、苦労した。インドも中国も、近代化は簡単でなかった。イスラムはいまも苦労している。アフリカはこれからも苦労するだろう。

ネイションを形成し、維持しようとする運動を、ナショナリズムという。

ナショナリズムは、「この国でないとダメ」という特殊性と、「人類社会の一員」という普遍性の、両方を兼ねそなえている。日本は、わりにすんなり近代化ができた。それはなぜか。ネイションを形成する触媒として、『古事記』が役に立ったのだ。

と言っても、ピンと来ないかもしれない。まずヨーロッパで、ナショナリズムがどう育ったか、おさらいしてみよう。

ヨーロッパでナショナリズムが育った背景

フランス、スペイン、イングランドで、絶対王政が成立した。国王の治める範囲が、ネイションである。人びとはだんだん、そのことに慣れていった。

これと反対なのが、ドイツである。ドイツはいくつもの領邦に分かれ、統一が遅れた。ナポレオンに蹂躙され、反撥でナショナリズムが巻き起こった。自分たちはドイツ人で、ゲルマン民族。はるか昔にさかのぼる、共通の起源をもっているのだぞ。神話と英雄の時代がいまに続いているという感情を、ロマン主義という。19世紀ドイツのロマン主義は、ドイツ帝国を成立させる母胎となった。

ヨーロッパには、強力な普遍主義があった。カトリック教会、そして神聖ローマ帝国である。宗教改革で、そのカトリック教会が分裂した。宗教戦争で、神聖ローマ帝国は有名無実になった。

そのあとできたルター派は、ドイツの教会である。人びとは、ドイツ語訳で聖書を読めるようになった。ドイツ語訳聖書が、ナショナリズムの土台になった。

江戸時代の日本は、いくつもの藩に分かれていた。まるでドイツのようだ。神聖ローマ皇帝にあたるのはさしづめ、天皇かもしれない。しかし神聖ローマ皇帝はヨーロッパ全体を統治する、普遍性を代表する。いっぽう天皇は、日本を統治するだけの、特殊な存在。ロマン主義と結びつき、ナショナリズムの象徴になっていった。

ドイツでは、神聖ローマ皇帝と関係なく、プロイセン(薩長のようなものか)がドイツを統一した。日本では、薩長が尊皇思想をふりかざし、全国を統一した。この、尊皇思想の根拠になったのが、『古事記』である。