ニセの研究データで大儲けした医薬メーカー「無罪のナゾ」

世間を揺るがした改ざん事件は最高裁へ
村上 和巳 プロフィール

法律の抜け穴なのか?

ここで一般的な感覚からすれば、「誇大広告以前にデータ改ざんのみでアウトでは?」と思うだろう。なぜ刑事告発の対象は誇大広告だけであったのか。

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当時から、新薬の承認申請のための臨床試験でのデータ改ざんは法令違反だが、市販後の薬の臨床研究に関しては、倫理指針はあったものの、直接規制する法律はなかったのである(この事件をきっかけに制定された臨床研究法が2018年4月から施行)。

結果としてこの悪質な事例を検挙するためには旧薬事法を援用するしかなかったのである。

世界的に見ると、この点は複数の法令や倫理指針の合わせ技で規制・基準を設けている国が多い。これら法令や指針が定めている内容とは、▽研究計画の大学内部などでの倫理審査▽研究に参加する患者さんからの同意を取得▽研究中の監査の実施▽製薬企業からの資金提供(利益相反)がある場合の公表▽データ改ざんの禁止、など。

 

ちなみに製薬企業が資金提供して行う臨床研究は、世界的に見て珍しいものではない。ただ、こと人の健康を左右する薬だけに、製薬企業も透明性や公平性の担保のために多くの労力を払っていることがほとんどだ。

例えば、一般的にこうした発売後の薬の臨床研究では、規模が大きくなるほど、データ集計・解析は研究参加医師や製薬企業から独立した組織が行い、データ提出以降は解析終了まで医師も製薬企業も一切データにタッチできないことが少なくない。

研究当事者や製薬企業のバイアスを排除していることが広く認められないと、結果として製薬企業にとって有利な結果が出たとしても、研究参加者以外の医師は色眼鏡で見てしまうからである。

クリーンな研究体制が確保されているため海外では、資金を提供した製薬企業の薬に不利な研究結果が論文などで発表されることさえ珍しくはない。

降圧薬市場は激戦のドル箱

しかし世界有数のメガファーマの日本法人がこのような事件を起こした背景には、降圧薬の製薬企業間の販売競争激化がある。

高血圧症は糖尿病や脂質異常症(高脂血症)と並ぶ生活習慣病だ。

厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」の平成26年調査では、継続的な治療を受けていると推測される高血圧性疾患の総患者数は1010万8000人。日本人の約10人に1人が高血圧症だ。若年者で高血圧症はほとんどいないため、中高年の高血圧症の比率はそれよりはるかに高い。

年齢を重ねると動脈血管の内側に脂肪などが蓄積して血管が狭くなる動脈硬化が起こりやすくなる。こうなると狭い血管に血液を流すため、心臓が血液を送り出すポンプ力を高めることで血圧があがってしまう。

つまり加齢とともに高血圧症は避け難くなる。高齢者の高血圧症は医療と食生活改善や運動などを組み合わせても治癒することはほとんどない。

結果として、ディオバンのような降圧薬を、毎日、生涯、服用することになる。風邪薬などと違い、一度処方が始まれば患者が死ぬまで売れる薬なのである。

もし高血圧症と診断された患者が1日1錠服用で100円の降圧薬ならば患者1人当たりの年間薬剤費は3万6500円、患者が1000万人ならば年間売上高は3650億円と巨大市場だ。このためこれまで多くの製薬企業がこの市場に参入し、激戦を繰り広げてきた。

製薬企業が発売後に臨床研究を行う理由

日本国内で使用可能な降圧薬は効き方のタイプ別に主要なものが5タイプ、各タイプに化学成分の異なる複数の薬がある。その数、実に40種類以上。

ディオバンは、心臓の収縮力を高めることなどで血圧を上げる体内物質アンジオテンシンⅡの働きを抑えて血圧を下げる「アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)」と呼ばれるタイプだ。

5タイプの中では最も新しく、ディオバンも含め化学成分別では7種類もある。では医師は、どうやって処方する薬品を選ぶのか。ある高血圧症専門医が語る。

「ARBの7種類のどれを使っても血圧は下がるが、新薬承認時の治験データでわかることは限定的。患者の個人差もあるので7種類のどれが最も有効かはわからない。

結局はどんぐりの背比べのようなもので、『患者に使って印象が良かった』、『使い慣れている』などを理由にその中の1~2種類のみに限定して処方することが多くなる」
 
後発の製薬企業はこうした医師が限定した選択肢に自社製品を入れてもらえるかどうかが勝負となる。「そのために製薬企業は医師に豪華な接待をするのだろう」と思う人もいるかもしれないが、それは昔の話。

現在、業界団体の自主規制「医療用医薬品公正競争規約」で、接待は禁止されている。同規約は自主規制だが、国の公正取引委員会の認定を受けており罰則もある。

そもそも接待の有無に関係なく、医師は効果が高い薬を処方したい。期待ほどの効果を得られなければ、患者の批判や不満の矛先は製薬会社ではなく医師に向くからだ。

そのため製薬企業は、医師に自社製品が他社製品より優れていると認めてもらおうと必死だ。そこで製薬会社は、厚生労働省の承認が得られ発売された後でも、追加で少しでも有利なデータを取ろうと大学に依頼して臨床研究を行う。

そこで治験でわかったこと以外のメリットが見つかれば、製薬企業にとっては医師への格好のアピール材料になる。大学側はもちろん研究資金が欲しい。こうした利害の一致が、医師の協力の下、製薬企業が発売後に臨床研究を行う理由だ。

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