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ニセの研究データで大儲けした医薬メーカー「無罪のナゾ」

世間を揺るがした改ざん事件は最高裁へ

効能に関するデータを良く見えるように改ざんした薬を処方されていたと知ったら、治療を続けてきた患者や家族はどう思うだろう?

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詐欺に等しい行為である。当然、製薬メーカーは謝罪し、違法行為として重大なペナルティを負うべきだと考えるのではないか。

しかし現在、医薬品の効果に関するデータが改ざんされた論文を製薬企業が宣伝に利用したにも関わらず、改ざんの当事者や当該企業が法的には“無罪”となり、最高裁への上告審までもつれ込んでいる、驚くべきケースがある。

 

ディオバン事件とは

事件はスイスに本社を置く売上高世界3位の製薬大手ノバルティスファーマの日本法人が発売し、最盛期には国内で年商1400億円超を記録した高血圧症の治療薬「ディオバン(一般名・バルサルタン)」に関するものだ。

ディオバンの発売後に京都府立医科大学で行われた高血圧症の治療薬の臨床研究に、ノバルティス日本法人の社員が統計解析者として加わり、ディオバンに有利なようにデータを改ざんしたというのである。

その結果公表された医学論文を用いたノバルティスの宣伝行為が、旧薬事法(現・薬機法)の第66条1項が禁じる「誇大広告」に違反していると指摘され、事件となった。

そもそも高血圧の薬(降圧薬)は、新薬の承認申請時の臨床試験(治験)では、血圧を下げる効果が認められれば厚生労働省から製造・販売承認を取得できる。

ディオバンもその効果は認められ承認は受けている。しかし降圧薬治療の真の目的は、血圧を下げることそのものではなく、高血圧が原因で発症する心筋梗塞や脳卒中などの予防である。

現在、日本で承認されている降圧薬は数十商品ある。その中で医師に選ばれるためには高い効果が必要だ。

そのためノバルティスは、ディオバンの発売後に京都府立医科大学、東京慈恵会医科大学、滋賀医科大学、名古屋大学、千葉大学の研究グループに奨学寄附金を提供し、他のタイプの降圧薬と脳心血管疾患の予防効果などを比較した臨床研究を行ってもらっていた。

このうち京都府立医科大学、東京慈恵会医科大学の研究で、「ディオバンを服用した患者が他の降圧薬を服用した患者よりも明らかに脳心血管疾患の発症が予防できる」との結果が出たと英文学術誌に論文として公表され、医学界に衝撃をもたらした。

そしてこれ以後、ノバルティスはこの2つの研究論文を紹介する医師向けの広告宣伝を大々的に展開したのである。

ところがこの2つの大学の研究は、ノバルティス社員が研究結果の統計解析を担当していた。社員は研究論文の一部に共著者として名を連ねながら、そこにはノバルティスの「ノ」の字すらなく、当時社員が有していた公立大学非常勤講師の肩書のみを記載。ノバルティス社員であることは隠蔽していたのである。

しかも、研究結果のデータは解析段階で「改ざんの疑いが濃厚」と指摘された。

後の裁判で明らかになった京都府立医科大学の研究での手口はこうだ。まず、ディオバンを服用していて脳心血管疾患を発症した患者の事実を、一部なかったことにした。

逆にディオバン以外の降圧薬を服用していて、何もなかった患者の一部が脳血管疾患を発生したことになっていたり、骨折など別の病気で入院した患者が脳血管疾患で入院したことになっていた。こうすることで最終解析で、ディオバンを服用した患者では脳卒中などの予防効果が高くなるように見せかけていたのだ。

東京慈恵会医科大学の研究結果が公表された2007年当時に1300億円弱だったディオバンの売上高はその後伸長し、京都府立医科大学の研究が発表された2009年には1400億円超となった。それから、競争が激しい降圧薬の市場の中で、ディオバンは事件発覚前年の2012年まで売上高1400億円台を維持し続けた。

たかだか1割程度の売上伸長と思われるかもしれない。しかし、日本では公的薬価は2年に1回の引き下げがあり、2012年時のディオバンの薬価は、東京慈恵会医科大学の研究結果の発表当時からは2割強低下している。

つまり07~12年に記録した売上の1割の伸びは、販売数量で3割以上増えていなければ達成できない。この売上の伸びに効果が高いように改ざんされた論文による宣伝が寄与した可能性がある。

2013年にこのことが発覚すると、厚生労働省はこの論文を通じたノバルティスの宣伝行為が旧薬事法が禁止する誇大広告に当たるとして検察当局に告発。

これを受けて捜査を行った東京地検はデータを改ざんしたとされるノバルティスの社員(この時点では退職済み)を逮捕・起訴した。また、旧薬事法では法人の従業員の違法行為では法人も自動的に罰する「両罰規定」があることから、法人としてのノバルティスも起訴された。