写真:黒川顕

環境全体が即座にわかる!「メタゲノム解析」が明かす「ゲノムの謎」

微生物のゲノムから見える広大な世界
2003年のヒトゲノム解読で力を発揮した米国の生物学者クレイグ・ベンターの次の狙いは、海洋細菌群だった。翌2004年、航海から戻った彼は120万個もの新規遺伝子を発表して、世界を驚かせた。

このように微生物のゲノム解析を通じて、その微生物が棲む環境についての情報を一挙に得る方法を「メタゲノム解析」という。微生物を実験室で培養する従来法と違って、採取してきた微生物群をそのまま読み込んでゲノム配列を決めるのが、大きな特徴だ。

地球環境やヒトの体内環境は多くの微生物によって維持されているため、これら微生物群の把握には医療、創薬、環境、農業、建築など幅広い応用への期待がかかる。ゲノムを読む「次世代シーケンサー」の急速な発達を背景に発展しつつあるメタゲノミクス──そこから今、何を知ることができるのだろうか。

(聞き手:池谷瑠絵 特記外の写真:飯島雄二 「サイエンスリポート」より転載)

そもそもゲノムって何だろう?

ゲノムとは、DNA(デオキシリボ核酸)でできた物質である。

なかでもAGCT(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の4つの塩基は、生物それぞれに固有の配列を持つ。ちなみにヒトゲノムは約30億塩基、これまでに見つかった一番小さいゲノムはカルソネラ・ルディアイという寄生性の微生物で15万9662塩基、こちらは文字数にしておよそ朝刊1部ぐらいに相当するそうだ。

一方でゲノムとは、生物の全遺伝情報を指す。

AGCTの塩基配列の3つの塩基の組み合わせは「コドン」あるいは「遺伝暗号」等と呼ばれ、20種類のアミノ酸のいずれかに対応している。遺伝暗号はDNAからmRNAへ「転写」され、続いてmRNAが「翻訳」されてタンパク質が合成される。このDNAからタンパク質合成までの一連の流れは、全生物に共通の原理となっている。

「ゲノムは物質とデータの橋渡し役」と国立遺伝学研究所の黒川顕教授は言う。

黒川教授

微生物は裏切らない生物である

ゲノムのおもしろいところは、小さな微生物から人類まで、客観的なデータで全生物の遺伝情報を決定できることだ。しかも「ATGCというたった4つの化学物質の並び方に、さまざまな意味が畳み込まれている」。

つまりメタゲノム解析は、その解析結果を多次元的に読み解き、あるいは他のデータと連携することで、さまざまな情報が引き出せるデータの宝庫なのだ。

たとえば、黒川教授が挑戦してきた微生物群のひとつに腸内微生物がある。

「昨日と今日とで、私たちのおなかの様子は違いますよね。でも腸内微生物たちの全ゲノム情報を調べれば、体温を測り忘れても、腸内の温度を推定することができます。pH(水素イオン指数)や湿度などの衛生データも推定できるかもしれません。さらに時系列に沿ってデータをとることで、環境にどのような変化が起きたかも分かります」

しかし病院で1日がかりで検査してきたようなデータが、なぜ微生物から得られるのだろうか?

「それは、微生物群集は環境に対して一意に決まる、いわば裏切らない生物だからです。その生物に聞けば、人為の及ばない、客観的な観察データが得られます」