ゲノムとは、DNA(デオキシリボ核酸)でできた物質である。
なかでもAGCT(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の4つの塩基は、生物それぞれに固有の配列を持つ。ちなみにヒトゲノムは約30億塩基、これまでに見つかった一番小さいゲノムはカルソネラ・ルディアイという寄生性の微生物で15万9662塩基、こちらは文字数にしておよそ朝刊1部ぐらいに相当するそうだ。
一方でゲノムとは、生物の全遺伝情報を指す。
AGCTの塩基配列の3つの塩基の組み合わせは「コドン」あるいは「遺伝暗号」等と呼ばれ、20種類のアミノ酸のいずれかに対応している。遺伝暗号はDNAからmRNAへ「転写」され、続いてmRNAが「翻訳」されてタンパク質が合成される。このDNAからタンパク質合成までの一連の流れは、全生物に共通の原理となっている。
「ゲノムは物質とデータの橋渡し役」と国立遺伝学研究所の黒川顕教授は言う。
ゲノムのおもしろいところは、小さな微生物から人類まで、客観的なデータで全生物の遺伝情報を決定できることだ。しかも「ATGCというたった4つの化学物質の並び方に、さまざまな意味が畳み込まれている」。
つまりメタゲノム解析は、その解析結果を多次元的に読み解き、あるいは他のデータと連携することで、さまざまな情報が引き出せるデータの宝庫なのだ。
たとえば、黒川教授が挑戦してきた微生物群のひとつに腸内微生物がある。
「昨日と今日とで、私たちのおなかの様子は違いますよね。でも腸内微生物たちの全ゲノム情報を調べれば、体温を測り忘れても、腸内の温度を推定することができます。pH(水素イオン指数)や湿度などの衛生データも推定できるかもしれません。さらに時系列に沿ってデータをとることで、環境にどのような変化が起きたかも分かります」
しかし病院で1日がかりで検査してきたようなデータが、なぜ微生物から得られるのだろうか?
「それは、微生物群集は環境に対して一意に決まる、いわば裏切らない生物だからです。その生物に聞けば、人為の及ばない、客観的な観察データが得られます」