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がん治療の大革命となるか? 極貧研究者が生んだ「光免疫療法」とは

カネも伝手もない、情熱だけがあった

現在、治験の最終段階にあり、認可されれば、がん治療に大革命を起こすと期待される光免疫療法。今週発売の「週刊現代」では、その開発の裏で資金不足に泣き続けた研究者の汗と労苦の物語について特集している。

がんが「過去の病」に…?

昨年12月8日、スウェーデン・ストックホルムで京都大学の本庶佑特別教授が、ノーベル賞記念講演を行った。受賞に日本中が沸き、本庶氏が開発に携わったがん免疫治療薬「オプジーボ」は誰もが知る薬となった。

その3週間前、東京の千代田区、平河町。

消化器癌発生学会総会で行われた、ある研究者による講演は、本庶氏の記念講演ほどはメディアの注目を集めていなかったかもしれない。

出席者も専門家だけなので、会場も満員ではなかった。だがこの日、集まった日本中のがん専門医や研究者たちは、確信した。

「この治療法が確立したら、オプジーボどころの騒ぎではない。がんは結核のように『過去の病』になるぞ……」

登壇したのは、小林久隆氏(57歳)。世界最高峰のがん研究機関である米国立がん研究所(NCI)の主任研究員だ。

小林氏が開発した治療法は、光免疫療法という。国立がん研究センター東病院副院長の土井俊彦氏が解説する。

「光免疫療法は、がん細胞の膜を物理化学的に破壊する画期的な治療法です。副作用が少なく、しかも眠っていた免疫細胞を活性化させて、がん再発の抑制効果まで期待できる、まったく新しい治療法なのです」

実現すれば、医療の歴史を大きく塗り替え、長年にわたってくり広げられてきた人類とがん細胞との闘争に決着を付けることになる。小林氏はいかにしてこの治療法を発見するに至ったのか。その道のりは決して平坦なものではなかった。

 

兵庫県西宮市で生まれた小林氏は、関西の名門、灘校を卒業後、京都大学の医学部に進学した。

「大学では病理学の研究室に在籍していました。'80年代後半当時は、後のオプジーボなどにつながる免疫抗体研究の黎明期でもありました」(小林氏、以下同)

病理学とはがんの外科手術で採取した細胞を検査したり、薬物治療による細胞の変化を観察したりする学問。だがその後、小林氏は大きな「回り道」を経験する。

「がんの研究をするにしても、一度、臨床を経験したほうがいいと思いました。そこで放射線科の医師として働きはじめたのですが、結局11年も臨床の現場で働くことになったのです」

日進月歩の医科学研究の世界において、10年を超えるブランクはとても大きい。論文の数が少なく、研究実績がないと見なされれば、研究に必要な資金を引っ張ってくるのも至難の業だ。

「実際、その後、長きにわたり極貧の研究室で働く羽目になりましたよ」

もっとも臨床医としての経験が、小林氏のがん研究者としての礎になっていることも確かだ。

「臨床の現場ではいろいろと感じるところがありました。そもそも人体に有害な放射線を当てて治すこと自体が、非常に乱暴な治療法です。

がんを退治してくれるはずの免疫も徹底的に壊れてしまいますから。がんの治療には、そんな野蛮な方法しかないのかと悩ましく思う日々でした」