2019.02.08

普通のサラリーマンをユダヤ人虐殺に突き進ませた「組織悪」の正体

疎外を恐れる我々に、今なお宿る病理
根本 正一 プロフィール

疎外を極度に恐れる組織人

第二次世界大戦におけるユダヤ人虐殺は複雑な様相を呈していく。総統ヒトラー自身がユダヤ人抹殺を目論んでいたことは彼の著『わが闘争』でも明らかだが、ではどの段階で「ユダヤ人は全て殺戮しろ」との具体的指令を下したかは定かとはなっていない。

ナチ党は当初はドイツ国内や東方の「生存圏」からユダヤ人を追い出すことを目的としていたから、その段階でのユダヤ人殺戮には統一的な意図は希薄だったようだ。しかし、隣国のポーランドなどに収容したゲットーの運営が立ち行かなくなり、占領地での抵抗も激しくなると、ユダヤ人を組織的にガス殺する絶滅収容所の建設へと繋がった経緯がある。

当然、ナチは終戦前に都合の悪い書類は破却しただろうが、上記の組織相関からもトップはその指示を抽象的な言葉でしか表さないことが多い。そこに部下のいわゆる「忖度」が生じ、それが末端組織にまで増幅していく。

歴史学者の多くの研究から、ユダヤ人虐殺がエスカレートしていく姿が捉えられている。当時、祖国を持たないユダヤ人を、ロシア革命で実権を握ったインターナショナルなボルシェビキと同一視する思想が蔓延していた。

第二次大戦でソ連に侵攻した際に、当初はパルチザンを支援する者の掃討を命じられたのに、それが下部組織に伝えられるに従って、その対象はユダヤ人に、さらに女性・子供まで含めるものに変わっていった。子供を抱えて逃げる母親をもろとも撃ち殺す姿も見られた。その殺した人数を将校たちは上司に誇示し合った。

組織論理のなかで1つのイデオロギーが先鋭化して、常人には信じられない結果を招くことを、私は拙著『民主主義とホロコースト』で分析した。そこでは、アメリカの歴史・政治学者クリストファー・ブラウニングの研究から、ある警察予備大隊の隊員たちの具体的な行動をもとに、ユダヤ人を殺戮する命令を受けた隊員たちの心理を明らかにした。

警察予備大隊の隊員は軍隊や警察の経験を一切持たない、徴集された予備役隊員。彼らは30歳代が中心で、当時の人口比率からすると中間層の割合が高い。彼らはポーランドの町々で、労働可能なユダヤ人は選別したうえで、その任に堪えない女性や子供、老人、病人は森へ連れて行き、そこで泣き叫ぶユダヤ人の射殺を繰り返した。

森では自ら入る墓穴を掘らせたりした。しかし、加害者の心理も複雑だ。そのユダヤ人虐殺の過程でも、様々な人間模様がみて取れる。

上位の地区指導者からユダヤ人殺戮の指令を受けた警察予備大隊の大隊長は動揺が激しく、任務の重さに耐えかねて泣きじゃくる。そこで「任務に耐えられない者は、申告すれば任務から外す」と提案。しかし、そこで手を挙げたのはごく少人数だった。

ユダヤ人殺戮に向かった隊員たちも、様々な行動をとる。指示された以上に喜々としてユダヤ人をもてあそんで楽しむ者、射殺の現場に向かっている間にこっそり持ち場を離れて市場辺りをうろうろしていた者、射殺の瞬間に意図して外して撃った者など……。

戦時特有の残忍性はあるが、ホロコーストはその計画性からしてもっと理念的なものだ。なかには、殺人を少しも悪いこととは思わない人間もいた。しかし研究の成果では、その比率は一般的に2%程度であろうという。

ニュルンベルク裁判に引き出されたナチの首謀者たち被告人たちの心理テストでは、みな極めて普通の性格であったことが報告されている。

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