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さよなら「銀行」!? 2019年4月から金融機関に起こること

『捨てられる銀行』シリーズ著者が解説

金融処分庁から金融育成庁へ

『捨てられる銀行』(2016年)『捨てられる銀行2 非産運用』(同 2017年)は、筆者の予想を超えて、大きな反響があった。

それ以前の金融の作品と言えば、大手銀行の内紛、派閥争いや金融庁との攻防など、エンターテインメントとしては楽しめるが、それ以上のものではなかった。

なぜ中小企業の資金繰りが苦しくなってしまうのか、なぜ格付けで銀行が一方的に取引先を切り捨てる「金融排除」を引き起こしてしまうのか、企業の実態をみる力を失ったことが、銀行というビジネスモデルを根幹から揺るがしているという問題の核心に迫るものではなかった。

金融庁は、ただ「鬼の検査官」とステレオタイプ化され、どうしてこのような金融世界になったのか、政策から事業者の現場までを網羅的に捉えたものではなかった。
なにより金融庁の苦悩や焦りは描かれなかった。

想像すれば分かる。不良債権まみれの日本を立て直したと、自負してきた金融庁が時代の役割を終えたことを自ら認め、「企業・経済の成長に役立つ金融力を育成する」という、新たな監督官庁に転換することを迫られたのだ。

ところが、資産査定による不良債権処理を主たる業務としてきた金融庁には、銀行のビジネスモデルを評価するノウハウなど蓄積されておらず、そうした人材も育ててこなかった。処分官庁としての顔で長年通してきたからだ。

変化に際しての悩みの深さは、うかがい知れよう。「歴代最強長官」と呼ばれた森信親前金融庁長官が18年7月に退任し、顧客本位という新機軸を打ち出し、次の世代に改革のバトンは引き継がれた。単なる金融処分庁から金融機能を強くする育成庁になれるのかどうかの正念場はこれからだ。

異常な健全銀行

他方、銀行はどうだろう。1997年の金融危機以降、2000年代初頭までは不良債権の処理と同時に貸し渋り批判が巻き起こった。

「不良債権をつくってしまっては金融庁ににらまれる。かといって貸し渋れば世間の批判を受ける」――。

こうした板挟みが日本の銀行を世界的にも類を見ない奇妙な行動に走らせた。

銀行は、取引先の事業者が返済困難になった場合は、信用保証協会に代位弁済をさせることを前提に保証付き融資に走った。本来の趣旨とは異なる目的で「姥捨山」のように、保証協会を悪用したのだ。

その保証協会は今、経営支援を本業の柱の一つに据え、事業者と向き合い、各地で見るべき成果を出し始めている。

一方、多くの銀行は、企業の仕入れや給与など本来、短期融資で対応しなければならない運転資金さえも、担保や保証を取っての長期融資に一斉に借り換えさせた。途上与信管理も事業の推移を把握しながら取引することも放棄しているところが少なくない。

リスクテイクという金融の本質も忘れ去り、地域のリスクを負わず、目先の利益を追う存在に変質してしまった。

こうして不良債権を生み出しにくく、貸し渋りをしない、それでいて地域と顧客に寄り添わない「異様な健全銀行」が続々と誕生した。

そして今、人々の方が銀行に足を向けなくなっている。

平日午後3時までに銀行へと行かなければならないことの無意味さに気づいたからだ。顧客が必要ともしない「売れ筋」の金融商品を売りつけようとセールストークを磨いてきた銀行は、本当に世の中に必要なのか。

人々はこの異常さに気づき、愛想を尽かし始めた。銀行は今、存在意義を問われている。