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「部数激減時代」新聞が生き残るために進めるべきシンプルな変革

新聞死すとも、ジャーナリズムは死なず

「新聞の死=ジャーナリズムの死」か

新聞の凋落問題について、経済ジャーナリストの磯山友幸さんのコラムが大きな反響を呼んだ。すると、高橋洋一さんが関連コラムを書いた。そこで、私も参戦しよう。やがて、新聞は死に絶えていくのだろうか。

磯山さんのコラム「新聞部数が一年で222万部減…ついに『本当の危機』がやってきた 新聞は不要、でいいんですか?」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59530)は1月31日午前の段階で、Facebookのシェアが1万1674に達している。高橋さんの関連コラム(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59601)も同じく701人にシェアされた。

 

磯山さんはコラムで「2018年10月の新聞発行部数が全体で3990万1576部と、17年に比べて222万6613部も減少し、ついに4000万部の大台を割り込んだ」という現状を紹介している。222万部という数字も、5.3%減という率も過去20年で最大だそうだ。

私も新聞の凋落問題には関心がある。新聞記者出身だから、というだけでなく、やはりジャーナリズムの行方が気にかかるからだ。2013年には『2020年 新聞は生き残れるか』(講談社)という本も出版した。

その本の終章で「2000年に全国で5370万部を誇った発行部数が2012年には4778万部にまで落ち込んでしまった。約11%の減少である」という数字を紹介したが、減少傾向はその後、一段と加速していたのである。

そんな数字を踏まえて、磯山さんは次のように書いている。

新聞が滅びると、真っ当なジャーナリズムも日本から姿を消してしまうかもしれないのだ。紙の新聞を読みましょう、と言うつもりはない。

だが、タダで情報を得るということは、事実上、タダ働きしている人がいるということだ。そんなビジネスモデルではジャーナリズムは維持できない。

誰が、どうやって日本のジャーナリズムを守るのか。そろそろ国民が真剣に考えるタイミングではないだろうか。

「タダで」というのは、読者はネットでニュースや情報を入手できるからだ。私も、磯山さんの危機感はよく理解できる。だが「どうやって日本のジャーナリズムを守るのか」とか「国民が真剣に考えるタイミング」という指摘には、少し違和感を覚える。

「ジャーナリズムを守る」と言ってみたところで、誰が守ってくれるのか。まさか政府に守ってもらうわけにはいかない。「国民が真剣に考える」と言っても、国民はみな忙しい。「自分に関係ない他の業界がどうなろうと、知ったことではない」と思うだろう。