ミトコンドリア・イブは全人類の母ではなかった

じつは何万人もいたアダムとイブ
更科 功 プロフィール

世界にヒトが4人しかいなかったら

話を簡単にするために、世界にヒトは夫婦が2組、つまり4人しかいなかったとしよう(図1)。

まず、第1世代で考える。それぞれの夫婦は、アフリカとアジアに住んでいた。そして、アフリカの夫婦(A、B)には2人の女の子(E、F)がいた。アジアの夫婦(C、D)には2人の男の子(G、H)がいた。この合計4人の子供が第2世代になる。

次に、第2世代を考える。アフリカの次女(F)はアジアに移住して、アジアの長男(G)と結婚した。そして、2人の子供(K、L)ができた。アジアの次男(H)はアフリカに移住して、アフリカの長女(E)と結婚した。そして、2人の子供ができた(I、J)。

さて、第3世代を考えよう。第3世代の人口も4人で、アフリカとアジアに住んでいる。この4人のミトコンドリアDNAはすべて、アフリカに住んでいた第1世代の女性Aに由来する。したがって、このAが、第3世代4人にとってのミトコンドリア・イブである。

【図】人口4人の時のミトコンドリア・イブの系譜
  図1 人口が4人の場合のミトコンドリア・イブ。○が女性を、□が男性を示す。赤はAに由来するミトコンドリアDNAを持つ人で、青枠はDに由来するY染色体を持つ人である。第3世代の4人全員の祖先は、ミトコンドリア・イブ(A)だけでなく、他にも3人(B、C、D)いることがわかる (図の拡大画像はこちら

ところで、ミトコンドリアDNAは母系遺伝をするけれど、父系遺伝をするDNAもある。Y染色体だ。

ヒトの性染色体には、X染色体とY染色体の2種類がある。そして、女性はX染色体を2本持ち、男性はX染色体とY染色体を1本ずつ持っている。だから、もし、あなたが女性なら、Y染色体を持っていないけれど、もし、あなたが男性なら、Y染色体を持っている。そのY染色体は、あなたの父親から伝わったものだ。そして、あなたの父親のY染色体は、父親の父親、つまりあなたの父方の祖父から伝わったものだ。

つまり、あなたのY染色体は、あなたの父方の祖父のY染色体と同じになる。そうやって、ずっと祖先を遡っていけば、ついにはY染色体アダムに到達する。

そして、これが、現在生きている七十数億人のほぼ半分の、すべての男性に当てはまる。すべての男性の父親の父親の……の父親の父親は、Y染色体アダムなのだ。

何万人ものアダムとイブ

私たちヒトの、実際のY染色体アダムは、アフリカに住んでいたと考えられている。しかし、今は、図1の架空の世界で考えよう。

第3世代のY染色体はすべて、アジアに住んでいた第1世代の男性Dに由来している。したがって、このDが、第3世代にとってのY染色体アダムである。

しかし、そう考えると、何か変だ。現在生きているすべてのヒトの母であるミトコンドリア・イブがアフリカにいたのに、すべてのヒトの父であるY染色体アダムがアジアに住んでいたなんて。

でも、よく考えてみれば、何もおかしいことはないのである。おかしいのは「すべてのヒトの母」とか「すべてのヒトの父」とか「イブ」とか「アダム」とかいう言葉であって、現象としては何の不思議もない、まったく当たり前のことなのだ。

ミトコンドリア・イブやY染色体アダムは、「現在のすべてのヒトの共通祖先」ではなくて、「現在のすべてのヒトのDNAの一部の共通祖先」だ。DNAの「一部」の共通祖先なのだ。

ミトコンドリアDNAやY染色体は、ヒトのDNAのほんの一部にすぎない。だから、DNAの他の部分にも、それぞれ共通祖先がいたはずだ。

もう一度、図1を見てみよう。たとえば、第3世代から見れば、母親の母親であるAはミトコンドリア・イブだ。そして父親の父親であるDはY染色体アダムだ。でも、母親の父親であるBだって、父親の母親であるCだって、第3世代の全員に、自分のDNAのどこか一部分を伝えている。

したがって、確率的に考えれば、AもBもCもDもだいたい同じくらいのDNAを第3世代に伝えているはずだ。だから、考えようによっては、AもBもCもDも、みんなイブやアダムなのだ。

こちらからも図1が別ウィンドウで開きます

これは現実の世界にも、そのまま当てはまる。たしかに、すべてのヒトの母親の母親の……の母親の母親はミトコンドリア・イブだ。父親の父親の……の父親の父親はY染色体アダムだ。でも、父親の母親の……母親の父親を通って伝えられたDNAだってあるだろうし、母親の母親の……父親の母親を通って伝えられたDNAだってあるだろう。

そういう、すべてのヒトの遺伝子の共通祖先をイブやアダムと呼べば、イブやアダムは数万人以上いる。それらのたくさんのイブやアダムが数十万年前から数百万年前に生きていたことが、現在のヒトゲノム解析の結果から、明らかになっている。

ミトコンドリア・イブやY染色体アダムは、その中のたった2人にすぎないのである。

まあ、言葉や好みの問題かもしれないけれど、数万人以上の祖先がいるときに、その中の2人だけを、すべてのヒトの母とか父とか呼ぶのは、おかしくないだろうか。

というわけで、ミトコンドリア・イブがアフリカにいたからといって、ヒトの起源がアフリカである証拠にはまったくならない。もしかしたら、当時ヒトは世界中に住んでいたかもしれない。

その場合は、たくさんのイブやアダムも世界中に分布していただろう。たくさんいたイブやアダムの中の1人であるミトコンドリア・イブがアフリカに住んでいたからといって、その他のヒトが全員アフリカに住んでいたことにはならないのだ。

とはいえ、ヒトの起源がアフリカであることは、ほぼ確実だ。でも、それは、化石から得られた知見であって、ミトコンドリア・イブとは関係のない話である。

【イラスト写真】たくさんいたイブやアダムアフリカに住んでいたからといって、他のヒト全てがアフリカに住んでいたことにはならない
  たくさんいたイブやアダムの中の1人であるミトコンドリア・イブがアフリカに住んでいたからといって、我々の祖先のすべてがアフリカに住んでいたことにはならない illustration by gettyimages