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ミトコンドリア・イブは全人類の母ではなかった

じつは何万人もいたアダムとイブ

約16万年前のアフリカに、1人の女性が住んでいた。彼女の細胞の中にあったミトコンドリアは、子供からさらにその子供へと伝えられていった。そして、彼女のミトコンドリアは、ついにすべての人類に広がった。

つまり、現在の地球上に住んでいるすべてのヒトのミトコンドリアは、彼女1人のミトコンドリアに由来するのである。

この話は魅力的なだけでなく、事実である。ミトコンドリア・イブという洒落たニックネームがつけられたこともあって、この16万年前にアフリカにいた女性は、世界的な有名人になった。そして、このミトコンドリア・イブの存在が、私たちヒト(学名はホモ・サピエンス)がアフリカ起源である証拠だと、いろいろなところで述べられるようになった。今年(2019年)出版された本にも、そんなことが書かれていた。

でも、本当に、そうだろうか。ミトコンドリア・イブと呼ばれる女性が約16万年前にアフリカにいたことはよいとして、それってヒトがアフリカ起源であることの証拠になるのだろうか。本当に彼女は、現在生きているすべてのヒトの母なのだろうか。

ミトコンドリアは母系遺伝をする

少しだけ、ミトコンドリアの説明をしよう。ミトコンドリアは細胞の中にある器官で、酸素を使って呼吸を行い、エネルギーを生み出す。呼吸というと、鼻や口から酸素を吸ったり二酸化炭素を吐いたりするイメージが強いが、それは呼吸という現象の一番端っこだ。酸素呼吸をする本体は、ミトコンドリアである。

さて、ヒトの細胞の中で、DNAがある場所は2つである。核とミトコンドリアだ。とはいえ、ミトコンドリアにあるDNAは、核にあるDNAに比べれば、ほんのわずかだ。ミトコンドリアDNAは核DNAの約20万分の1にすぎない。

【図】動物細胞(核とミトコンドリア)
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だが、ミトコンドリアDNAには、変わった特徴がある。それは、母系遺伝をすることだ。

核DNAは父親と母親から、ほぼ半分ずつ子供に伝わる。しかしミトコンドリアDNAは、父親からは子供に伝わらず、母親からだけ子供に伝わる。こういう遺伝の仕方を母系遺伝という。

だから、あなたのミトコンドリアDNAは、あなたの母親から伝わったものだ。そして、あなたの母親のミトコンドリアDNAは、母親の母親、つまりあなたの母方の祖母から伝わったものだ。

つまり、あなたのミトコンドリアDNAは、あなたの母方の祖母のミトコンドリアDNAと同じになる。そうやって、ずっと先祖を遡っていけば……あなたの母親の母親の母親の(これを6500回ぐらい繰り返す)の母親の母親は、アフリカに住んでいたミトコンドリア・イブなのだ。

そして、これが、現在生きている七十数億人のすべてのヒトに当てはまる。すべてのヒトの母親の母親の……の母親の母親は、アフリカに住んでいたミトコンドリア・イブなのである。

あれ? これなら、ミトコンドリア・イブがアフリカにいたのなら、ヒトの起源がアフリカであることの証拠になりそうな気がするけれど……。どこが、おかしいのだろうか。