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平成を支配した「少しの間違いでも過剰に正そうとする」邪悪な気配

「高輪ゲートウェイ」駅から考える

昨年12月、山手線の新駅の名前が「高輪ゲートウェイ」となることが発表され、賛否を巻き起こした…というよりも、圧倒的な批判を惹起した。大いなるブーイングの声で迎えられた同駅名だが、コラムニストの堀井憲一郎氏は、この名前こそ平成という時代の「気分」を正しく反映していると指摘する。

その気分とは、「少しでも間違っているものは正そうとする邪悪な気配」、そして「オリジナルへの異様な信仰」である。一体どういうことなのか。

「藪をつつく」名前

山手線の新駅の名前が「高輪ゲートウェイ」と発表されて、いろんな反応があった。

新しい名前そのものを拒絶しようという動きまで出ていた。

「高輪ゲートウェイ」はたしかにインパクトが強い。

長い。漢字とカタカナが混じっている。意味がわからない。

そのあたりだろう。まず驚いた。

ただ驚いたら、すぐさま拒否する行動に出る人が世の中には一定数いるのがなかなかおもしろい。反応力が高いというか、瞬発力があるというのか、すぐさま拒否ってすごいなあとおもった。どうも「藪をつつくような名前」らしく、反応がいろいろである。

私も最初は少し驚いたが、しばらく経つと、まあ、これでいいんじゃないかという気分になってきた。最初の反応だけで徒党を組もうとする人たちがいるなんて、ただただ、すごいなあ、とおもって眺めるばかりである。

長いカタカナ交じりの奇妙な名前にしたのは、いろいろな思惑があるからだろう。

何の前提もない反応としては、「高輪」でよかったんじゃないか、というのが多かった。

短いし、ストレートだし、山手線の名前らしい。五反田、大崎、品川ときて高輪、田町と続くと、とてもおさまりはいい(内回りです)。

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ただ山手線の駅の多くが開業したのは明治時代である。山手線としてつなげられる前ではあるが、だいたいが明治時代にできた駅なのだ。明治日本は、必死で日本中に鉄道を敷こうとがんばっていた。

大正時代にすこし足され、昭和に入ってからは1駅だけ新設された。つまり山手線の駅の名前はだいたい「明治時代の命名基準」でつけられたのだ。いまとはずいぶん違う。平成に明治の真似はなかなかむずかしいということだ。

なぜ「高輪」「芝浜」ではいけなかったのか

新しく奇妙な名前は、いまの時代を反映した名前なのだ。

命名者は「高輪」にする気はなかったのだろう。

推察するひとつの理由は「だってここは高輪ではないから」である。

最終的に決まった「高輪への入口」からもわかるように、「高輪」に隣接しているが、駅は港区高輪には存在しない。駅の住所は港区港南になる。明治のころなら気にしなかっただろうが平成時代はなかなかそうもいかない。

 

「高輪ゲートウェイ」という名前は、変ではあるが、間違っていないのだ。

「高輪」では間違っていることになる。変な名前は慣れれば文句は少なくなるが、間違いは、永遠に指摘される可能性がある。それを避けたかったのではないか。いかにも、いまどきな感覚である。

すべて推測にすぎない。ただ、平成時代の空気として、そういう「少しでも間違っているものを正そうとする邪悪な気配」が強く漂っているのはたしかで、それを避けようとする心情は理解できる。

細かいことは気にするな、どーんといけ、という態度は、まず避けられる。そんなこと言ってるチームは、何らかのハラスメントを起こす可能性が高いからだ。

だから「高輪」を避けたのだろう。