バンクシーはなぜ匿名のまま有名になれたのか

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ステンシルと匿名性

ここからはバンクシーについて、とくに今回の騒動においても注目されたステンシルという技法を切り口に考察したい。

ステンシルは絵柄に沿って切り抜かれた型紙にエアゾールなどを塗布して描画する技法で、メキシコ壁画運動の巨匠デヴィッド・アルファロ・シケイロスが1936年の絵画作品《Collective Suicide》で用いるなど、20世紀前半から芸術表現に取り入れられてきた。

短時間で複雑な絵を制作できるため、1990年代以降のストリートアートでは主要な表現ツールであり、バンクシーはその代表的存在である。

バンクシーのステンシル作品(2018年11月にミラノで開催された個展「A Vsial Protest」会場内)〔PHOTO〕gettyimages

型紙の形状がそのまま絵となるため、いわゆる手癖が抑えられた定型的な表現を反復することができる。かき手の主観が消えた非人称的な表現であり、簡単に言えば「誰がかいても同じ」になる。

ステンシルの導入によって、先述したライティングの「反復・拡散」という性格が、描画対象だけでなく、描画主体にも備わることになる。つまり「どこにでもかかれている」状態に「誰でもかくことができる」状態が加わり、単一の主体を超えたコレクティブ(集団的)な広がりが生み出されるのだ。

本人の身元が特定できない「匿名性」が、こうしたコレクティブな広がりに拍車をかけていく。この匿名的な広がりという現象は、バンクシーに限らず、BNEやOBEY GIANTなど、ステンシルやステッカー、ポスターなどをおもなメディウムとする多くの現代ストリートアーティストの作品に当てはまる。

 

都とバンクシーの「野生の共犯関係」

こうした文脈を踏まえると、都が保管したバンクシー作品が本人の手によるものか、フォロワーによる模造かという問いは、あまり意味をなさないだろう。なぜなら匿名的な反復と拡散は、バンクシーに限らずライティングやストリートアート全般を長らくドライブしてきた原理であり、クリエイターの身元を単一の主体に還元しきれない点にこそ価値の一端があるからだ。

一方でそれは、かつて日本のネット空間に観察され、生態的メタファーで頻繁に語られた、匿名的に繁茂する集合知のクリエイティヴィティとも異なっている。なぜならバンクシーは「匿名的」でありながら、同時に固有名として「有名」でもあるからだ。有名性はブランド力であり、私的所有や経済効果の概念と結びつく(実際にバンクシー効果という言葉が存在する)。

昨年10月、サザビーズのオークションにて100万ポンド(約1.5億円)で落札された作品。落札された直後に額に仕掛けられたシュレッダーで半分が刻まれた。その金額と仕掛けは世界的に大きな話題に〔PHOTO〕gettyimages

制御できない匿名的な氾濫物であると同時に、経済効果を生み出す世界的な有名ブランドであること。このある種の矛盾がバンクシー最大の特徴であり、その話題性を理解する鍵となる。