〔PHOTO〕gettyimages

バンクシーはなぜ匿名のまま有名になれたのか

そのグローバルなメディア戦略の起源
世界的に有名なストリートアーティスト、バンクシー。各国に匿名のストリートアートを残し、作品がオークションにかけられれば億単位の値がつく。

そんなバンクシーの作品と思われるステンシル画が都内の防潮扉にかかれているのが今年1月に発見され、作品を扉ごと外して保管した都の対応に賛否の声が上がっている。また、ステンシルという誰もが模倣可能な手法のため、同作品が本物であるかどうか、さまざまな憶測が飛んでいる。

こうしたなか、ストリートアートについての著作もあるアーティストの大山エンリコイサム氏は、同作の真贋や保管の是非について問うことにはあまり意味がないと指摘。今回の現象を独自の視点から考察する。

2019年1月16日に小池百合子都知事が、都内で防潮扉にかかれたストリートアートと共に写真を撮り、「あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました! 東京への贈り物かも? カバンを持っているようです。」とコメントをつけてツイッターに投稿した。

報道によると、すでに作品は防潮扉ごと都が保管している。この件については記事や意見がすでに多く出ており、ここで概要の説明はしない。散見されるおもな論点には「バンクシー作品であることの真贋」「行政に保護されたストリートアートの野生喪失」「行政が特定のストリートアートのみを保護することの非一貫性」などがあり、本稿でもこれら問いには触れるが、まずは前提となる文脈のひとつを明らかにすることから始めたい。

非接触型描画による反復と拡散

バンクシーに限らず、エアロゾル・ライティング(グラフィティ、またはライティング。以下、ライティングと表記)やストリートアート一般の特徴として、エアゾール塗料(スプレー)の使用がある。

エアゾールはユニークな画材で、絵筆やマーカーと異なり、対象表面に直接触れずに描画することができる。本稿ではこれを「非接触型描画」と定義したい。ライティング文化が70年代のニューヨークで誕生したとき、エアゾールの非接触性が重要な役割を果たした。それは段階的につながった3つの事象として分析できる。

エアゾール塗料の非接触型描画〔PHOTO〕iStock

1. 凹凸回避と横断性
非接触型の描画は、対象表面の物理的な凹凸をかわして描画できる。例えば街中のシャッターは表面に多くの溝があり、絵筆やマーカーなど接触型の画材では凹凸に阻まれ滑らかに描画できない。非接触型のエアゾールはそれを回避できる。これを敷衍すると、例えば電車側面のように窓ガラス、車体、ドアなど異なる素材で構成され、溝や枠で区切られた複数のパーツからなる複合的な表面でも、エアゾールは横断して描画することができる

2. 身体の解放
さらにエアゾールは、非接触型のために対象表面との摩擦がなく、絵筆のような「かすれ」が生じない。これと(1)で述べた横断性から、エアゾールの描画では腕を振り抜くなど身体を大きく用いて、素早く長い線を生み出すことが可能となった。こうして描画行為は、画材と対象表面の接触によるストレスから解放され、身体の運動や移動をダイレクトに反映するようになる。70年代初頭にライティング文化の視覚言語が巨大化した要因のひとつに、エアゾールがもたらしたこの革命を挙げることができる。

3. 反復性・拡散性の促進
以上のことは最終的に、ライターたちが「都市を移動しながら、素早くあらゆる表面に、反復的・拡散的に名前をかくこと」を促した。エアゾール塗料の「非接触型描画」と、ライティング文化における「反復性・拡散性」という特徴は、密接にリンクしているのだ。こうして70年代のニューヨークでは、社会学者のジャン・ボードリヤールが「からっぽの記号の氾濫」と呼んだように、ライティングがストリートに溢れ出たのである。

 

ここで語源の問題を取り上げたい。筆者はある理由で「エアロゾル・ライティング」という呼称を用いているが、同文化の呼称としてより定着しているのは「グラフィティ」である。グラフィティの語源はイタリア語で「引っ掻く」を意味する「graffiare」(英語のscratch)という言葉で、表面を物理的に引っ掻き、痕跡を残すニュアンスがある。

だがここまで論じたように、実際はエアゾールによる描画は「非接触型」であり、物理的に表面を引っ掻いていない。つまり「引っ掻く」というニュアンスは、違法行為という意味論の次元において象徴化された社会的バイアスとしてあるに過ぎず、実態を捉えてはいない。筆者がグラフィティという呼称を用いない理由のひとつは、この点にある。