脱・トヨタを訴えた「地元の異端児」が当選できたワケ

かつて日本最大だった工場はいま
井上 久男 プロフィール

農漁業の街でコンパクトシティ構想に反対する理由

筆者は1992年~94年まで田原市に隣接する朝日新聞豊橋支局に勤務しており、岡本氏とはそれ以来の付き合いだが、岡本氏の哲学はその時から変わっていない。逆に世の中の価値観の方が大きく変化し、岡本氏の方に寄ってきたと受け止めている。

その岡本氏が選挙戦で訴えたことを紹介しよう。

まず、岡本氏は、田原市のどこに住んでも無料で伊良湖岬(渥美半島の先端)から近隣の都市部(豊橋市)まで移動できるバスなどの公共交通網の整備を掲げた。地方では「移動難民」対策が大きな課題として浮上している。移動手段を持たない、あるいは運転免許証を返上した高齢者が買い物にも行けずに困っているケースが増えている。

たとえば兵庫県豊岡市では、市が校区(自治会)にワゴン車を貸与し、その校区ごとに定時運行の車を走らせる合法的白タク「チクタク」を導入、運営手法を学ぼうと全国からの視察が絶えない。

岡本氏が考える地方の新たな公共交通網はこんな感じだ。地元に「産直広場兼バスステーション」を置く。これは、田原市内の商店や農業・漁業の従事者の販売先の選択肢を増やすための施設で、その販売施設をバスが巡回して、お客を降ろしたり、乗せたりする。既存の「道の駅」などの販売拠点も巻き込んでいくことも視野に入っている。

こうした販売施設には、地元の人が買い物に来る。加えて観光客も呼び込む努力をする。渥美半島は魚介類が豊富で、新鮮な野菜も多く穫れる。すべて地元産で作った「牡蠣飯」は絶品だ。交通網を整備して人の流れを呼び込み、販売施設の売り上げを増やすことで、その収益の一部をバスの運営資金に充当していく。

こうした戦略は「コメの付加価値」を高めていくことにもつながると岡本氏は考える。

「米1俵(60キロ)から、コンビニのおにぎり何個取れるか知っていますか?」

 

講演や演説で岡本氏はよくこう問いかける。ほとんど答えられる人はいないが、答えは約1400個。1個100円で売れば1俵から14万円程度の売り上げが出る。

これに対して米農家が1俵売って得られるのは今の相場では1万円程度だ。この差額「13万円」の付加価値に岡本氏は目を付けている。率直に言って、この付加価値はいままでコンビニなどに奪われていた。それを地元に取り戻そうというのだ。

地元産のコメを使っておにぎりや、地元産の野菜・魚介類でおかずを作って弁当を売る。発達した冷凍技術を使ってこうした弁当を和食として輸出する構想も岡本氏は持っている。岡本氏はこれを「ふるさと弁当構想」と呼んでいる。

渥美半島では過疎化が進み、限界集落のようなところも出始めている。交通網がなければ、学生は通学できず、ますます人が住まなくなる。

どこの地方も同じ課題を抱えているが、それに対応するため「コンパクトシティ構想」が出ている。交通の便が良い街の中心部に住居などを集約する考え方だが、岡本氏は「それは渥美半島には合わない」と指摘する。農業・漁業が強みの田原市で、コンパクトシティ化を進めていけば、地場産業が衰え、結果として街全体の活力がそがれると考えているからだ。

そもそも、地元に残っている人ほど先祖代々住み慣れた家から離れたくないものだ。コンパクトシティなんて構想は、行政側にとって都合のよい政策で決して住民本位ではない。筆者は人口が約2万5000人と福岡県で最も小さな市である豊前市が郷里だ。そのご縁で後藤元秀・豊前市長の下で政策アドバイザー(非常勤)をしている関係上、地方の課題は少しは理解しているつもりだ。そうした立場から見ても岡本氏のこの考え方は地方にとっては理にかなっている、と言えるだろう。

実は筆者の地元にも「岡本ファン」がいる。地元農協を退職して脱サラでアルク農業サービス合同会社を起業した永井洋介氏だ。「ふるさと弁当構想」を、構想だけに終わらせず、地元で穫れた食材を加工して弁当にしたり、餅にしたりして近隣の大都市、北九州市に販売拠点を設けて販売し、事業を拡大している。