〔PHOTO〕岡田康且

安楽死、格差社会、性愛…古市憲寿が「平成という時代」に見たもの

『平成くん、さようなら』をめぐって

「小説との相性はすごくよかった」

――小説『平成くん、さようなら』が芥川賞にノミネートされ、大きな話題となりました。昨年は、文學界4月号に掲載されたデビュー作「彼は本当は優しい」を発表した後に本作を刊行し、立て続けに二作の小説作品を書いていましたよね。創作というジャンルに足を踏み入れるきっかけは何だったのでしょう。

う~ん……時間があったんですよ(笑)。

――いやいや、明らかにご多忙そうに見えますが……周囲から書くように勧められたというわけではなく?

たしかにいろんな人から「書いてみたら?」と言ってもらえてはいました。それでも僕のほうでハマる題材がなかなか見つからなかったんです。転機があったとすれば、祖母が病気になったこと。文章で残しておきたい感情や出来事がいくつかあったのですが、それをノンフィクションや評論で書く気にはなれなくて。

だったら小説にしてみたらどうだろうと思って書き始めたところ、むしろフィクションであるはずの小説のほうが「本当のこと」を書ける場合があるということに気づきました。評論の文章と違い、思ってもみなかった自分がはからずも出てくるという面白さがあったんです。

――一作書いてみたら自分のやりたいことと合致したということでしょうか。

そうですね。加えて小説の場合は、相反する二つの意見を併存させられる点がいいなと思って。例えば評論や論文の場合、「これはAです」っていう結論を必ず出さなくちゃいけない。つまりBやその他の意見は論破して否定していくというスタイルが多いですよね。

でも小説だったら、複数の登場人物にそれぞれ違う考え方を担わせることで、作中に異論を併存させることができる。だから、僕の中でも答えが出ていないテーマや、論争的にならざるを得ないモチーフと、小説の相性はすごくいいと思いました。

 

――末期癌を患った母親に対する延命治療の是非が大きなテーマだった前作に続き、今作『平成くん、さようなら』でも「死」に対するさまざまな捉え方が物語の中心に据えられていますよね。

死っていうのは誰もが経験せざるを得ないテーマですから。でも一作目では、ただ現実にある死をそのまま書いてしまった感じがして消化不良な部分も多かったんです。ちょうど平成が終わる2018年に死というものを描くからには、ただそれを受け入れるのではなく、何らかの形で乗り越えられような、未来を感じさせるものを書いてみたかった。それが今回の『平成くん』につながりました。