五輪・女子最年長出場者…亡くなった馬術選手が生前遺した言葉

「馬術がもっと身近な存在になれば」
カルロス 矢吹 プロフィール

一体どこで差がついたのか…

一つの仮説はありました。いくつかの文献も指摘している通り、敗戦後に日本の馬匹改良(ばひつかいりょう、馬の改良のこと)を担っていた行政機関である馬政局が廃止されています。同時に財閥解体によって、馬術を嗜んでいた富裕層も自由にお金を使えなくなったことによって、馬術界も馬の質が保てなくなったのではないか――。そんな問いを井上さんにぶつけると笑いながら首を横に振りこう答えました。

「財閥解体って言ったって、全部ゼロになるわけじゃないんだから。みんな上手くやってたんじゃない?」

戦後の混乱は、必ずしも日本馬術に致命的なダメージを与えた訳ではない。それが井上さんのご意見でした。

 

では、一体どこでここまでの差がついてしまったのか。井上さんは64年東京・72年ミュンヘン両大会に出場した時の記憶を辿りながらこう続けました。

「歩様(ほよう)という採点項目があって、文字通り歩く様を採点する項目で、全部の運動に歩様の点数が付けられるんです。東京五輪の採点を見ると、どんなに悪い馬でも十点満点で七点はついてるんだけど、(東京大会で騎乗した)勝登号は二点しかつけられていなくて。外国の選手達によく聞かれました、「その馬、ポニーか?」って。

西洋人と日本人の歩幅が違うのと一緒で、あっちの馬の一歩がこっちの三歩。歩くごとに歩様の点数が低くつけられて...これじゃ勝てないよね。外国まで馬を買いに行く時っていうのは、馬場連(日本馬術連盟)の人や調教師さんがある程度当たりをつけておいてくれるんです。つまり、売る方も日本人が買うことは分かってる。

向こうが出してくる馬に乗ってみると、大体どこか脚に故障を持っているんですよ。でも、向こうの調教師は上手くてね、乗ってみるとなんとかなるように調教されていて。こっちが乗る時にはすっかり調教が済んでいるのに、まるで今日初めて人を乗せるようなふりして馬を出してくる。

西ドイツで(ミュンヘン大会で騎乗した)ダフネ号を選ぶ時、もう一頭いて、私はそっちの方がいいと思ったんだけど当時の調教師がダフネ号を選んだんですよ。西ドイツの調教師は『ダフネ号は障害を飛ばせない』って言ってて、ということはどこか脚が悪いってことなんです。

そうして結局脚が悪い馬を相場より高い値段で買わされる。欧州の調教師はビジネスも上手いんですよ、日本とは色んな意味で差がありますよね」