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羽田空港の地下に眠り続ける「伝説の飛行機」の哀しき運命

当時「世界一」を誇る機体だった

通称「真紅の翼」

羽田空港は、国内で最も利用者数の多い空港だ。'17年度の乗降客者数はのべ8567万9637人。一日の離着陸数はおよそ1200回にもおよぶ。

フライトの出発点でもあり、終着点でもあるのが滑走路だ。実は、羽田空港の滑走路の地下には、かつて飛ぶことを許されなかった「悲運の飛行機たち」が埋まっているという。つまり、飛行機の上を飛行機が走っているのだ。なぜ、この妙な状況が誕生したのか。

時は1945年、第二次世界大戦の終焉まで遡る。当時羽田空港は、軍事拠点として利用されていた。空港内には数十機の航空機や、大量の兵器などが保管されていた。

終戦後、GHQにより日本国内における航空機の製造・研究は全面的に禁止された。その結果、航空機関連の資料はすべて没収され、空港内にあった飛行機や武器などは、そのまま羽田空港の敷地内で廃棄された。

当時、空港の傍らには「鴨池」という池があった。ほとんどの航空機はこの池に投棄され、埋め立てられたという。

この鴨池の位置していた地点こそが、現在羽田空港の滑走路になっているのだ。以来、「飛行機の上を飛行機が走る」状況が続いている。

 

ちなみに、地中にある機体の中には、非常に貴重なものもある。それが航空研究所試作長距離機、通称「真紅の翼」である。

実はこの機体、無着陸での飛行距離と、飛行時の速度において、当時の世界記録を誇っていた。国産の機体が「世界一」だったのは、後にも先にもこの時だけだ。

その名の通り両翼は赤く塗られており、鮮やかな外見が人気を集めた。1939年には、その姿が描かれた郵便普通切手が制作されている。

だが、羽田空港にとどめ置かれていたこの機体もまた、GHQによる容赦ないスクラップの対象だった。現在は機体の現物は残されておらず、レプリカが一つ保存されているのみだ。

せわしなく離着陸を繰り返す滑走路の下で、伝説の機体は今日も、「後輩」たちの飛び立つ姿を見守っているのかもしれない。(森)

<今回の紹介書籍:『空港&飛行場の不思議と謎』(実業之日本社)>

『週刊現代』2019年2月9日号より