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中国・習近平が恐れている、米中貿易戦争より「ヤバすぎる現実」

中国はなぜ譲歩せざるをえなかったのか
中原 圭介 プロフィール

農民と宗教

次の統一王朝である「隋」でも、同じような歴史を辿りました。

隋は2代目の皇帝・煬帝のときに、大運河建設と高句麗遠征への出費がもとで財政難に陥り、民衆への大増税に踏み切ります。その結果、秦や漢と同じように、農民らの反乱を招き滅亡してしまいます。

隋に続いた「唐」でも、同じ過ちが繰り返されます。唐は財政難に苦しみ、税収を増やすために塩を専売制にします。塩の価格を際限なく引き上げていくと同時に、塩の密売商人への取り締まりを強化していくという愚挙を犯してしまったのです。

そのために、民衆の生活は困窮するなかで、塩密売商人と農民による「黄巣の乱」が起こり、唐による事実上の支配が終焉、その後に地方の司令官にあえなく滅ぼされます。

滅んだ原因が唯一違うのが、次の統一王朝である「宋(北宋)」です。

 

宋は周辺異民族国家の遼や西夏との争いを避けるために、両国に金品を送ったうえで和約を結びます。しかし皮肉にも、その金品の負担が財政危機を招き、国力が弱体化していきます。そして国力が弱まった宋は、同じ周辺異民族国家の「金」によって簡単に滅ぼされてしまいます。農民らの反乱を契機として滅亡しなかった唯一の統一王朝は、この宋(北宋)だけです。

〔photo〕iStock 

王朝滅亡の歴史について説明が続きますが、もう少し我慢いただきたいと思います。習近平を筆頭に共産党の指導者たちが何をいちばん恐れているのか、みなさんにもはっきり理解できるようになるからです。

次の統一王朝「元」では、生活の厳しさから農民のあいだで白蓮教が勢力を拡大していきます。白蓮教は本来、仏教の一派なのですが、経済的な混乱にともなって次第に過激化していきます。遂には、元王朝の打倒を目指す教団へと変質し、宗教的農民反乱である「紅巾の乱」を起こすに至ったのです。

その後、紅巾の乱で頭角をあらわした朱元璋が元を滅亡させて「明」を建国します。この明の治世でも、周辺民族との争いで財政が疲弊し、民衆の生活は苦境にあえぐことになります。最後には、「李自成の乱」と呼ばれる農民反乱によって滅亡してしまいます。

最後に中国を統一したのは、李自成の乱を鎮圧した「清」です。この清でも同じ歴史が襲いかかります。農民の貧困化から社会不安が高まり、「白蓮教徒の乱」により衰退が決定的となり、アヘン戦争を経て清は欧米列強に蹂躙されていったのです。

さらに、キリスト教結社・拝上帝会が起こした「太平天国の乱」により、清の軍隊がまったく使い物にならないことが判明し、この時点で清は完全に統治機能を失ってしまいました。清は辛亥革命で滅亡することになりますが、実質的には太平天国の乱で滅亡していたと言っても過言ではないでしょう。