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ブロードウェイ版『アナと雪の女王』が面白くない理由を考えてみた

エンターテインメントの街で 第4回

米コロンビア大学を卒業後、現在、株式会社CTBの代表を務める筆者は今年、アメリカのエンターテインメント産業で仕事を作るべく、ロサンゼルスに拠点を移した。そこで目にしたさまざまな光景を伝える新シリーズ。第4回目は、「ブロードウェイ・ミュージカル」の盛衰について――。

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特異な芸術が内包する不自然

カリフォルニアとの温度差を考えず、コートも持たずニューヨークにきてしまったことを悔やみながらセント・ジェームス劇場を出て、鑑賞したばかりのミュージカル『フローズン』(2018年)が、なぜ少しも面白くないのか考えてみる。

直ちに想起するのは演出でも振り付けでもなく、開演前に流れた場内放送の内容だ。

別の煌びやかな時代を彷彿とさせる劇場建築が、特別な夜を期待させる幕前の時間に、携帯電話の不使用を促す慣例的な文句を呟く音声は、最後に一言付け加える誘惑に抗えない。

「そして、本日初めてミュージカルを鑑賞する皆様、ようこそ! 本公演を機に、今後も皆様がブロードウェイに足を運ばれることを願っています!」

あくまで明るい口調は、しかし早急に新顧客を開拓しなければならない産業の悲痛を露呈させてしまう。

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誰もが知る映画『アナと雪の女王』(原題『Frozen』)の舞台化という機会に託けて、普段劇場に近寄らない客層を取り込もうと画策する必死さが、ミュージカル全盛期であれば決して呟かれない言葉として場内放送に現れ、結果、この特異な芸術が衰退期にあることを、幕前にも周知させてしまうのだ。

ミュージカルは近年、つねに自身の衰退に言及している。

2009年のアカデミー賞授賞式で、ヒュー・ジャックマンが「ミュージカルは復活した!」と叫んだ時、人はむしろ、復活を要するほどミュージカルが衰退していたと知って焦燥したし、2011年のトニー賞授賞式では、「ブロードウェイはゲイとユダヤ人と観光客だけが観に行くものじゃない!」と自嘲して歌うニール・パトリック・ハリスの、それ自体は素晴らしいパフォーマンスに拍手を送りながら、ミュージカルがもはや主流の娯楽ではなくなっている事態を再確認した。

 

繰り返し自らの衰退に言及しなければ気がすまないミュージカルは、自分がいったい何者なのか知らずに突っ走る者の爽快感を、とうに失っている。代わりに、自身の正体と境遇を正確に理解してしまった者の律儀な自意識が、場内放送に始まり、『フローズン』の細部まで浸透しているのだ。

だから、すでに誰もが知る主題歌を再現する際、誰の期待も裏切るまいとする堅実な配慮が、そして、早くも続編の制作が決まった原作映画の著作権価値を、いささかも毀損させまいとする生真面目な用心が、『フローズン』をごく退屈な帯域に留めるだろう。

すると、この特異な芸術が内包している不自然さ、すなわち、複数の男女が唐突に歌い踊り始めることの不自然さが、たちまち際立ってしまう。

この滑稽な事態が辛うじて許容されるのは、観客が、ミュージカルとはつまりそういうものだとあらかじめ了承しているからに過ぎない。だが『フローズン』の男女が歌い踊り始めるたびに、ミュージカルの不条理に耐えかねた観客が、今にも「王様は裸だ!」と叫び出すのではないかと心配になり、居心地が悪い。

ごく最低限の信頼を寄せて『フローズン』を観るには、かつてミュージカルというものを楽しむことができた幸福な記憶に、もっぱら依存する必要があったのだ。