「おでこに怪我しているから保険証をくれ」

翌日、再び市民病院の形成外科へ。待合室で、「どうしてはさみで切ったの?」とこわごわ父に聞いてみると、「邪魔だったんだよ」と一言。皮膚が大きく裂けるような転倒に動揺し、目の前に垂れさがった皮膚が邪魔だったから切った。ぬぐってもぬぐっても血があふれたから、膜もぬぐいとられ骨になっていた。それがことの顛末のようだ。

形成の医師に認知症であることと、ことの次第を伝えると、患部を見て開口一番。「あ~、思い切りよく、やったね」。やはり広範囲に肉芽組織がないため、当分「おでこは骨」のまま過ごさざるを得ない。応急処置として人口真皮を縫い付けた。その中で肉芽組織の形成を待ち、周囲にもれてくる浸出液をふきとりきれいにする処置を日々して、1週間後に来るようにいわれる。

翌日からは高齢者を多く引き受けている病院に入院できることになっていたが、この日は病院のあてがなく父と帰宅。

すると夜中に父は「おでこにけがをしているようなので保険証をくれ」と私を起こしに来た。……記憶が混濁している。すぐに市民病院の夜間救急にタクシーで行き、再びCT撮影。大きな変化はなかったが、念のために午前中の脳外科に再来するようにいわれる。明け方5時に帰宅し、10時に再び診療の始まる脳外科へ連れて行った。

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「ピック病」とは何か

先生は父のCTを診て、とりあえず大丈夫であることを告げ、こう言った。
「ピック病は人の理解できないことを行うのが症状と聞いてるけど、これは驚いた。すごいことやっちゃったね」

そう。うちの父は認知症の中でもピック病という診断を受けていたのだ。

「先生、なんで父親はこんなことをしたのでしょう……」

先生は「よほど動揺したんでしょう。そういう時に衝動的な行動をするのがピック病の症状なんだから、あなたが理由を考える意味はないし、悩む必要ないよ」と軽く言ってくれた。この一言でどれだけ救われたことか。実際は、病気の症状でしてしまったのか、夏の暑さの疲労と極度の動揺からかわからないが、妹からは「怪我したことを怒られるから隠そうと思ったんじゃないの」と言われ、私は落ち込んでいたのだ。