# マネー戦記

大損失だ…!ハゲタカファンドに睨まれた証券ディーラーの苦悩

東京マネー戦記【4】2003年晩夏
森 将人 プロフィール

「ハゲタカ」が来た

しばらくマーケットは膠着状態に陥っていた。

投資家に動きが見られず、ときどき業者主導の売買が話題になることがあった。どこかの証券会社が損失覚悟で売却したらしい。そんな噂が入ってくるのを、ぼくはなるべく聞かないようにしていた。

リスク管理部からの指摘も入っていた。ぼくたちディーラーの在庫に一定期間長くとどまっている商品があると、売却するように指導される。必ずしも強制力はないが、役員や部長にも報告されるので説明が面倒だった。

買い手が現れたのは、2週間ほど経ってからだった。まとまった金額で購入してもいいという。ただしプライスは思った以上に安かった。債券の償還まで持ちこたえれば、倍になって返ってくるような値段だ。

海外のヘッジファンドだった。普段は滅多に動かないが、瀕死の会社に群がり、社債を買い叩くことで知られるハゲタカファンドだった。

ぼくがはじめて自分の負けを意識したのは、このときだったかもしれない。まさか今まで、自分がそんな投資家に狙われることになるとは思っていなかった。

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「どうするか考えたか?」

「ずっと悩んでます」

ここ数日、ぼくはD社のことで頭がいっぱいだった。10億円近くに達した損失を考えると、ほかの取引に集中できなかった。

「そろそろ決着つけなあかんときかもしれんで」

「そうしたいんですが、値段が気に入りません」

「低すぎるか?」

「そうですね。そんなことをいう立場にないことはわかってるんですけど……」

「今でもこの社債が戻ると思うか」

「もちろんです」

その点に疑いは持っていなかった。すでにD社の財務状況からは、説明できない水準まで価格が下落している。

今こそ買いのタイミングかもしれない。しかし、勝負するには材料が少なすぎた。これではただの博打でしかない。

 

「もう潮時かもしれんなあ。お前、ほかのディールに集中できてへんやろ。営業からもいくつかクレームが入っとるで」

ぼくは木村の言葉に、へたり込みそうになった。思い当たることはいくつかあった。自分の運命を決するかもしれないディールが走っているなかで、小さな金額の取引が煩わしくなっていた。

「今さら投げるなんて、できません」

「何で、できんのや? 売るも買うもお前の判断次第やろ?」

「今までの損失が……」

「そんなんどうでもええ。頭を冷やして考えたほうがええんやないか」

木村のいう通りだった。心身ともに疲れ切って、どうすれば今の局面を切り抜けることができるか考える余裕もなかった。

投資家の売りが止まっていたのは、ぼくが買い値の提示を放棄したからだった。市場の流動性を高めたいという、ディーラーになりたての頃の思いと、目の前の状況はかけ離れていた。

「売ったら楽になるで」

ぼくは誰もいない深夜のフロアに一人残ると、木村のそんな言葉を何度もたどっていた。