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# マネー戦記

大損失だ…!ハゲタカファンドに睨まれた証券ディーラーの苦悩

東京マネー戦記【4】2003年晩夏

暴れる相場を乗りこなす快感ーーそれはディーラーを魅了するが、あるとき突然、黒く深い「落とし穴」へと変わることもある。大手証券会社に勤める駆け出しの債券ディーラーである「ぼく」は、あるIT企業の社債に手を出したことがきっかけで、負のスパイラルへはまりこんでしまった……。

証券マンたちの息詰まる「ディール」の最前線を描く実録小説「東京マネー戦記」。

(監修/町田哲也

 

ディールのスリルにハマって

ぼくが債券ディーラーとして、はじめて大きな決断を迫られたのは2003年のことだった。

4月に7607円という1982年以来の安値を付けた株価は底を打ち、企業の信用力は改善傾向をたどりつつあった。夏を過ぎると、投資家の資金がいっせいにマーケットに流入しはじめた。

好転する自分の成績を見ていると、だまされているような気分だった。前年ディーラーになったばかりの、ぼくの能力が向上したわけではない。変化したのは市場の雰囲気だった。みんなが買っているから買わずにいられない。そんな空気が相場を上向かせていた。

ディーラーにとって大事なのは、目の前の現象を理解することではない。その動きに誰よりも早く乗ることだというのは、チームヘッドである木村悟志の言葉だった。風向きひとつで収益が大きく変わるのであれば、勝てるときに稼いでおくしかない。

「今までやられた分を取り返すんや!」

大声を出しながら、Yシャツの腕をまくって後輩の尻を叩く姿は、管理職というより兄貴分といった雰囲気だった。

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木村は取引が少なくなるタイミングを見はからって、若手の席に雑談をしに来ることがあった。

「お前ら、ディーラーはどうすれば稼げるか、考えとるんやろうな?」

「マーケットの先を読むことです」

「そんなん当たり前や。どうやって先を読むか訊いとるんや」

「投資家の動きを先取りすること、ですか?」

「どうやって?」

「……」

「間違っとらんが、わしらは投資家やない。同じリスクを取る必要ないわ。大事なんは、誰も気づいとらんマーケットの歪みを探し出すことや」

ほかのディーラーが身を乗り出して聞いているのを見ると、木村は得意そうに続けた。

「投資家っちゅうのはな、判断に時間がかかる。どんなに機動的な投資家でも、他人の金を運用しとる以上、担当者が一人で進めていくわけにはいかん。その点、お前らはそんな必要ない。値上がりしそうなものを買えばええだけやろ」

「顧客とのつき合いはいいんですか?」

「それも大事やが、一番やない。俺はそんなもんでディーラーを評価せんで。会社のことをとことん調べて、投資家の癖を見つけ出せ。誰も気づいとらんヒントが、マーケットにはたくさん転がっとる。他人の意見やら、マスコミの報道やらを鵜呑みにするなよ。自分なりの見方を持って、俺を口説いてみろ。俺が儲かると思ったら、一緒にリスクをとったるわ」

そういうと木村は、最近考えついたという取引のアイデアを楽しそうに披露した。顧客からのオーダーだけに満足せず、自分からマーケットを仕掛けに行く木村の姿勢に、ぼくはディーラーとして自分の目指すべき姿があるような気がしていた。

この年、ぼくは事業会社が資金調達を目的として発行する社債の担当ディーラーになっていた。売りたい投資家のオーダーを買い手につないでサヤを抜く。投資家という登場人物を用いたゲームのスリルに、夢中になりはじめていた。