私の体はフランスにあったが、付き合いの輪は日本の方が広く、子育て関連の情報も日本語で集めていた。そのため第1子の乳幼児期は、日本的な「いいお母さん強迫症」の影響をもろに受けた。そして私の心に去来したのは、一件落着したはずのあの思い、「騙された」だった。

いいお母さんになれなんて、誰にも言われたことがなかった。仕事を辞めて子どもとつきっきりで過ごす、そんなやり方教わってない。結婚して子どもを産んでも、それまで通り生活できると思っていた。仕事を続けるのがこんなに大変だなんて、誰も教えてくれなかった……。

どれだけ自分でものを見ず、考えなかったことだろう。与えられた環境と敷かれたレールの上でのうのうと生きてきた自分の、無邪気なバカぶりに泣けてきた。が、それが、偽らざる気持ちだった。

実は男も、騙されていた

もしあの時日本に住んでいたら、私は危なかったとよく思う。努力して作り上げた「自立する大人としての自分」と、求められる「いいお母さん像」の乖離で、心か身体、もしくはその両方を壊していたかもしれない。そうならなかったのは、私がフランスに住んでいたからだ。

フランスにも男女差別はあるし、現代にそぐわない父性・母性幻想も存在する。が、それらは過去の悪弊という社会の認識がある。結婚してもしていなくても、子どもがいてもいなくても、みながそれぞれの生を「できるだけ辛くなく」生きられるように。男も女も、等しい人間として。

そのために制度が整えられ、努力が続けられている。私はその社会と制度に救われて、なんとかやってきた。同じ人間でも暮らす社会が変われば、生きにくさはこれだけ緩和されるのだと実感しながら。

その自覚を持ちつつ、少し離れた位置に立って、日本を客観視できるようになったのだろう。去年私はふと、あることに気がついた。私は女として、日本社会に「騙された」と思ってきた。しかしそれは実のところ、男たちも同じだったのではないか、と。

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同級生の男の子のほとんどは、私と同様、家に帰れば家事育児をするのは母親だけ、という環境で育っている。父親は仕事仕事で、食事を一緒にするどころか、顔を見る時間もない。

彼らは悲しいことがあっても「男らしくない」と泣くことを許されず、「男は辛くとも堪えて仕事をし、可愛い女房子どもを養うもの」と刷り込まれた。当然、家事や育児を教わるはずもない。それは男のすることではない。

そして就職すれば父親と同じように、男社会の付き合いに長い時間を拘束される。真夏でもスーツとネクタイに身を包み、残業は「やって当たり前」。ところがその一方で、父親の世代とは大きな違いも目立つようになった。献身の代償であった正社員契約も終身雇用も、もはや保証されなくなったのだ。

そんな不安定な中でいざ結婚を考えると、またもや戸惑う要素ばかりが並んでいる。「可愛い嫁さん」になってくれるはずだった女の子たちは、自分と同じように仕事をしている。養ってくれなくていいが、家事も育児も分担だと言う。それを聞いて、彼らはどう思っただろう。

私の知る限りであるが、同年代の男性の多くは親譲りの性別分担家庭モデルを貫き、家事育児は妻に任せている。それは妻が専業主婦でも共働きでも変わらない。

男性優位社会の日本でそうすることは簡単で、円満な家庭ももちろんある。その一方、今や多数派になった共働き世帯の妻たちは過負担で疲れきり、夫への不満を蓄積しているように見える。男性の側は従来通り「仕事だけしていればいい」のかもしれないが、それを彼ら自身は「幸せ」と思っているのだろうか。