社会人2年目の1999年には橋本龍太郎内閣で「男女共同参画法案」が成立したが、私の目の前の現実は「そんな法案どこ吹く風」だった。1年目には「新人だから」と受け入れていた不愉快ごとが、実は「女だから」起こっていたと知った(名前を呼び捨てにされる、出身大学を嫌味のネタにされる、打ち合わせを夜にばかり設定される……)。

お前は女だ、男と違うんだと、思い知らされる毎日。音を立てて幻想が崩れ落ちる中、さらにダメ押しの一撃がやってくる。「25で結婚、30までに出産」というアレだ。

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結婚・出産プレッシャーと「いいお母さん」へ強迫

「そろそろいい人、いないの?」

それは面白いように突然、24歳の頃から始まった。「女が仕事ばかりしてたら、いいご縁を逃すよ」「どうせ結婚したら辞めちゃうんだし」「結婚相談所に頼れるのも29まで。30すぎたら一気に引きがなくなる」「30過ぎの独身女は〈難あり〉に見られるから」「子どもが欲しいなら30までに相手を見つけないと」「男は結局、若くてかわいい嫁さんが欲しいんだよ」……。

書き連ねたら笑えてくるが、残念なことに、全部私自身が受けた言葉だ。そしてそれを受け流しながら、当時の私は冷や汗をかいて戸惑った。

話が違う。

「25で結婚して30までに子どもを産む」なんて人生設計、これまで誰にも教わってない。聞いていたのは「いい学校を出ていい職に就き、大人として自立すること」だった。

それが今になって、なんだって? 突然違うことを求められたって、どうしろっての? その戸惑いを漏らしてみても、周囲は「そりゃそうでしょう」と薄ら笑いをするだけだった。まるで私一人が、何も分かっていなかったみたいに。

「騙された」

全くもって情けないが、私の正直な気持ちはそれだった。

男と女は同じじゃない。いい学校を出ていい職に就くことなんて、女には求められていなかった。そんな現実は誰も言わないから、耳に綺麗な言葉の羅列を馬鹿みたいに信じ切ってしまった。一生懸命勉強して、鬱になりかけながら就職活動もして。

なんだったんだ、一体。

その時の失望感は少なからず、私のフランス行きの背中を押していたように思う。25で会社を辞め留学した後も、結婚出産プレッシャーのコンボ攻撃は「日本」と接触するたびに私を襲った。ライターとして独立しても、それを労い評価する声より、独り身でいることを憂う声が多く聞こえた。

なので夫と縁があって33で結婚し、35で第1子を授かった時、私は心底ホッとした。これで「アガリ」だ!もうあんなことやこんなことも言われないで済むんだ!と思った。そう思う分だけ、私自身も、日本のダブルスタンダートに毒されていたのだろう。一件落着のような気分になったが、それがまたもや無邪気な勘違いだと気づくのに、さほど時間はかからなかった。すぐ後に、別のワナが潜んでいたから。

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「子育て優先だよね?」「子どもが小さいうちは家にいなきゃ」「母乳で育てて、離乳食は手作りでしょ」「保育園に預けるなんて、かわいそう」「辛くたって、子どもが可愛いから大丈夫」「自己犠牲して当たり前。お母さんなんだから」……「いいお母さん強迫症」とでも言いたいような、強烈な波状攻撃だ。

それが子を産む前までの「私」の人生を、根こそぎ帳消しにする勢いで迫って来た。お前は「髙崎順子」から「母親」になったのだ。どうしても仕事を続けたいなら、まず母親として完璧であれ……。