真藤順丈氏〔撮影:丸山剛史〕

「越境する勇気を描く」『宝島』で直木賞、真藤順丈の沖縄への思い

社会派青春小説はこうして生まれた

第160回直木賞に決まった真藤順丈『宝島』――。舞台は1952年から1972年、沖縄戦直後に始まる米軍統治時代から日本復帰まで激動の沖縄だ。真藤は主人公たちの成長という大きな主題に、「予定にない戦果」という物語を貫く大きな謎、ある人物の正体といった伏線を複雑な歴史と重ね合わせ、極上のエンターテイメント小説に仕上げた。

真藤自身は1977年、東京生まれであり、沖縄にルーツもなければ、深い縁もない。現代につながる沖縄の歴史を語る上ではまったくの「第三者」である。それなのに、なぜ沖縄を舞台にしたのか。描くときに抱えた葛藤とはなにか。

「戦果アギヤー」との決定的な出会い

《(この作品を書き続けられるか否かで)ずっと足踏みしていた自分がいたのですが、ルーツがないということを理由に、断絶や境界を越えていく構えをとらないというのは、これまでの戦後史のなかで島の外の人間が沖縄に向けてきた無理解や無関心、腫れ物に触るような及び腰の態度と変わらないと考えました。
 
僕は小説家であり、これまでの作品で書いてきた青春小説、冒険小説、成長小説、ミステリといったあらゆるアプローチの総力戦で、全身全霊を投じて「戦果アギヤー」の物語を仕上げる。それしかないのではないかと。》

受賞発表翌日(1月17日)である。朝からインタビュー、対談をこなし、さらに夜の会食まで。直木賞作家の予定はびっしりと埋まっていた。発表が決まった日の晩は「興奮で寝付けなかった」という。

石戸氏(右)の取材を受ける真藤氏〔撮影:丸山剛史〕

構想7年、執筆に3年をかけて「今、自分が持っているものを全て注ぎ込んだ」原稿用紙960枚の大作である。ネタバレにならない程度にあらすじを紹介しておこう。

「鉄の暴風」が吹き荒れた凄惨な沖縄戦直後から始まった米軍統治時代……。1952年の沖縄で今日を、明日を生きるために米軍基地に忍び込み、基地から物資を奪う「戦果アギヤー」がいた。

伝説と呼ばれ、みんなの英雄だったのが、孤児たち4人組グループのリーダーだったオンちゃんだ。基地から奪った薬を住民たちの手に渡り命を守り、盗み出した木材は小学校になった。

極東最大の軍事基地「キャンプ・カデナ」に忍び込んだ夜、米軍に追われたオンちゃんは突如として失踪してしまった。残された3人——親友のグスクは警官に、弟のレイはアンダーグラウンドを転々とする危険人物に、オンちゃんに好意を寄せていたヤマコは教員として社会運動にも深く関わりながら歴史を生きる。

あの夜、オンちゃんが探し当ててしまった「予定にない戦果」とは一体なにか。伝説のオンちゃんはどうして姿を消してしまったのか。彼らはそれぞれに謎を解き明かそうとし、物語は動き出す。

 

瀬長亀次郎――米軍への抵抗運動で知られる戦後沖縄を代表する政治家――、コザ暴動――1970年、コザ(現沖縄市)中心部で起きた数千人の市民による米軍車両焼き討ち事件――など実在の人物、歴史的事実と主人公たちの活躍、そしてたどり着くあっと驚くラストまで。

疾走感に溢れ、熱量がこもった文体で描かれる。

《一番最初は、琉球警察というアメリカによる沖縄統治時代に20年だけ存在した警察を舞台にした警察ミステリの枠組みで始めようと思っていました。

米軍や住民との関係も含めて、他の時代や土地ではありえない警察体制ですよね。そこから見えてくる事件や犯罪、組織の軋轢、世界の動きを描こうと思っていました。

警察小説には事件が必要なので、戦果アギヤーという米軍基地から物資を盗んでいた人々を登場させようとリサーチを開始しました。でも、調べているうちに、だんだんと警察よりもむしろ戦果アギヤーのほうに重心が移っていった。

彼らを中心に据えれば、僕が小説で描きたかった多くのものが表現できると思ったんです。

作家としてのひとつの強い志向として、時代の動きを追いながら、人が生まれて、成長するまでを大河ドラマとして描きたいというものがある。

戦後の沖縄という激しく鮮烈な時代を、市井の人々の息遣いや躍動を伝えながら語っていきたかったんです》

〔撮影:丸山剛史〕