「なんで女の子に生まれてこなかったのよ!」と叱られ泣いた私の現在

ジェンダーバイアスを解体するためには
横山 起也 プロフィール

社会の隙間に存在するような場

しかし、私の中から、そして私のまわりから、そういった境界が消え去った瞬間があった。そのときの話をしたい。

さまざまな場で編んだ結果、私はあることに気づいていた。

編む場所によって感じる「編みにくさ」の度合いが違うのである。

簡単に言えば、駅やホテルのロビーなど、公共性の高いところではその度合いがとても高かった。

一方、大学の学食や最近できたカフェなどはその程度が軽いような気がした。
どことなしに編みやすいのだ。

それならばと、今度は標的を定めて編むことにした。

おそらく大学や今風のカフェなどは、その場にさまざまな種類の人が存在しているせいで、ジェンダーバイアスのような社会的な境界が薄くなっているに違いない。

大学の学食は、社会的にはまだ不定形の存在でありながら、子供ではない学生が大勢いる場所である。

カフェというのは仕事などの社会的日常に疲れた人が休む場になる。

両者とも社会の隙間に存在するような場なのだ。

考えた結果、最近増えている、外国人旅行者向けのホステルやゲストハウスに併設されているカフェバーで編むことにした。

旅行者は非日常の雰囲気を常にもっているし、ゲストハウスやホステルは、ホテルや旅館のように格式に振り回されない自由な場作りをしているからだ。

さっそく出かけて編んでみるとたしかに編みやすい。

しかも、カフェバーのスタッフが話しかけてくれる。

最初はお客商売の接待的な会話かと思ったが、私の作る小物にも、編んでいるワタシにも興味を持ってもらえているようだった。

そのうちに、外国人旅行者やカフェ利用の日本人も話しかけてくれるようになった。

なかには「こんな感じなら男性の手芸は成立する」と話しかけてきたコピーライターの男性もいた。

そのうちシフトを終えたスタッフや、勤めるお店を変えるというバーテンダーの人が、わざわざ挨拶をしに私のテーブルまで来てくれるようになった。

 

不思議なことに、その場で編んでいるうちに、編み物をすることが社会に異物感を与える「変なこと」ではなく、好意的に思ってもらえる私の特徴になっていったようだった。

今までマイナスに感じていたことが、実はプラスであったかのように。

「ああ、知らずのうちに自分自身を受け入れてなかったのだな」

そう思うと何かが腑におちた。

私のどこかに通っていなかった血が流れはじめた。

以来、私はどこで編んでも引け目に感ずることはない。

私の中にあった、編み物に関するジェンダーバイアスは雲散霧消したのだ。