戦争の悲しみ、五輪の歓喜…天皇皇后両陛下「平成の歌」に込めた想い

平成最後の歌会始までの歴史
春日 真木子 プロフィール

北島康介・ソチ五輪・宇宙飛行

宇宙のことを詠まれた御歌では、平成21年、宇宙飛行士の若田光一さんが還ってきたときの記者会見の言葉からお作りになったそうですが、

夏草の茂れる星に還り来てまづその草の香を云ひし人

「香を云ひし」。そのときの感性を如実に伝えます。宮内庁ホームページの御歌の解説では、若田さんが数カ月の宇宙ステーションでの滞在から帰還し、ハッチが開いて草の香りがシャトルに入ってきたとき、地球に迎え入れられたとおっしゃった時のことだそうです。これをぱっと歌になさるというのはすごいと思いました。 

一般人にも通じるお気持ちを詠まれた御歌には、平成4年、

春の光溢るる野辺の柔かき草生(くさふ)の上にみどりごを置く

これもいいお歌でしょう。お孫さんのことを詠った歌 は一般の詠草でもよくみますが、皇后さまの御歌には、 春の光が溢れている、柔らかい草生の上で、とあります。言葉遣いが繊細で、感性が伝わり、言葉に膨らみがあり、文学的に表現されています。発想から一拍置いて作品化する言葉の「作用」を学ばせていただけます。 

また、ときには話し言葉を括弧つきで歌に入れてらっしゃる。平成20年の北京オリンピックで世界記録を出した北島康介選手を詠われた、

たはやすく勝利の言葉いでずして「なんもいへぬ」と言ふを肯(うべな)ふ

という御歌がありましたね。

北島康介は、2008年北京五輪にて五輪二連覇を達成し、2004年の「チョー気持ちいい!」に続き、「何も言えねぇ」と名台詞を残した Photo by Getty Images

平成23年には「手紙」という、東日本大震災の被災地の少女の言葉を歌にした、切ない御歌があります。

「生きてるといいねママお元気ですか」文(ふみ)に項傾(うなかぶ)し幼な児眠る

胸が切なくなる感動的な御歌です。「生きてるといいねママお元気ですか」という手紙を書きかけて眠ってしまった幼な児がいる。津波で両親と妹をさらわれた四歳の少女です。その少女を慮って歌にされた。少女の言葉 が活きていますね。 

平成26年のソチ・オリンピックの時の御歌は、

「己(おの)が日」を持ち得ざりしも数多(あまた)ありてソチ・オリンピック後半に入る

「自分の日にはできず敗れ去っていった」人のことを詠んでいらっしゃる。誇りとする日を持てなかった、そういう失意の人に対するお心遣いを感じました。

 

美智子皇后の「ひとこと」

私が「召人」として歌会始にお招きを受けましたのは、平成27年です。宮内庁の方から突然お電話を頂いてびっくりしました。 献詠する歌を、宮内庁の方に書き方を細かく教わって、筆で書くんです。大鷹(大高)檀紙という、凸凹の ある紙です。「年のはじめに同しく本といふことをおほせことによりてよめる歌」とまず書いて、歌はここに、 何行でもいいから散らし書きにするということ。前後に拳一つ分空けるとか、書式がちゃんとあるんです。

正直、大鷹檀紙に筆で歌を書くのはたいへんでした。 歌会始が正殿松の間で終わった後、竹の間へ移って、 両陛下の拝謁の栄に浴しました。「召人」というのは、天皇陛下から仰せつかって歌を詠むのです。陛下は、「いい歌をいただいてありがとう」とおっしゃいました。杖をついていた私に「身をおいといになってこれからもいい歌をお詠みになってください」と満面の笑みを たたえてのお言葉でした。 「緑陰に本を繰りつつわが呼吸(いき)と幸(さき)くあひあふ万の言の葉」が、その年の私の献詠でした。 

平成16年の歌会始に、

幸(さき)くませ真幸(まさき)くませと人びとの声渡りゆく御幸(みゆき)の町に

という、美智子皇后の御歌があります。「幸」は「さき」と読んで、花が咲く、という意味もあります。私 は、その「幸く」を入れて詠みました。 天皇陛下より一歩下がって、にこやかに微笑まれる美 智子皇后が、ふと小さな声で「幸(さき)くあひあふ」とおっしゃいました。歌会始での古来からの伝統の節回しで披講される歌を、時にかろやかにうなずきお聴きになっていらした皇后様が、私の歌の四句目「幸(さき)くあひあふ」にお気を留められたのですね。「さきくあひあふ」、なんと嬉しいことでしょう。緊張の連続でした私の胸に、まさしく花の開いた感動の一瞬でした。
 
(平成30年10月・東京都内の自宅にて談)

*御製と御歌の出典はすべて宮内庁ホームページによります

現在発売中の雑誌「短歌研究」では、「平成『歌会始』の御製と皇后陛下御歌全収録」や「座談会『両陛下のお歌を鑑賞する』」など、今回の歌会始のみならずいままでの歌についての詳細な解説が掲載されている。