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戦争の悲しみ、五輪の歓喜…天皇皇后両陛下「平成の歌」に込めた想い

平成最後の歌会始までの歴史

1月15日に行われた新年恒例の「歌会始の儀」は、平成最後として注目を集めた。

2019年、平成31年のお題は「光」。天皇陛下が詠まれた「大御歌(おおみうた)」または「御製(ぎょせい)」と呼ばれる歌は阪神大震災を舞台とした向日葵の歌で、美智子皇后が詠まれた「御歌(みうた)」と呼ばれる歌は薔薇園の姿に自らを投影したものだった。「歌会始」の時のみならず、両陛下の歌は温かく繊細で、何よりも率直な想いを表しており、心動かされるものばかりだ。

平成最後の歌会始にあわせ、雑誌「短歌研究2019年01月号」では「大御歌と御歌」を徹底的に研究している。そこで、自ら歌会始に参列されたこともある歌人・春日真木子さんによる「両陛下が平成に詠まれた歌」についての解説を引用掲載する。

2019年の天皇陛下の御製は、「贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に」。2005年に阪神大震災10周年の追悼式典に出席された際、贈られた向日葵の種を詠んだものだ。Photo by iStock

公的行事で詠まれた率直な想い

平成になってからの天皇陛下の御製、美智子皇后の御歌についてお話しします。 

明治天皇の御製は、現人神としての教訓的なところが 多かったのですが、平成になってからの天皇陛下にも共通しているのは、天皇としての「国見」の歌があるということです。『万葉集』の舒明天皇の香具山の歌以来の、天皇としての基本的なことなんでしょうね。

御製には、歌会始のほかに、天皇の公的行事のときのお歌があります。「全国植樹祭」、「全国豊かな海づくり大会」、「国民体育大会」には、全国各地の開催地においでになって歌を詠まれます。 そのお役目のときの歌には、その土地土地にゆかりの 固有名詞を入れておられることが多いですね。たとえば、平成三年の「国民体育大会秋季大会」(石川県)で は、

縄文の土器かたどりし炬火台に火はあかあかと燃え盛りけり

平成五年の「国体」(徳島県・香川県)では、

香川の火徳島の火をかかげつつ選手ら二人炬 火台に向かふ

やはり平成五年の愛媛県での「全国豊かな海づくり大会」(第13回)では、

県の魚まだひの稚魚を人々と共に放しぬ伊予の海辺に

平成八年の「全国植樹祭」(東京都)では、

埋立てし島に来たりて我が妹といてふの雄木と雌木植ゑにけり

「我が妹」とは、皇后様です。雄木と雌木を植えたよ、皇后と一緒に植えたよというお歌です。 面白いお歌としては、平成17年の岡山での「第60回国体」での御製。

桃の実の二つに割れし間より岡山国体の選手入り来る  

選手がみな桃太郎なんですね。天皇さまの御製は、喜びとか悲しみとかのお気持ちを率直にあらわされる。そのほうが国民に親しみやすい、伝えやすいというお考えからだと思うのですが、さらにこのように具体的に歌にされると、その県の人たちは喜ぶでしょうね。

 

昭和天皇の「祈り」、 今上天皇の「願い」

平成は、本当に地震や豪雨、台風などの災害が多く、地球が変革期にあるようでした。被災地をたびたびお訪ねになって被災者を励ましていらっしゃいます。平成16年の歌会始の御製にありました。

この年の歌会始のお題は「幸」でした。

人々の幸願ひつつ国の内めぐりきたりて十五年経つ

平成六年の歌会始は「波」というお題でしたが、御製は、

波立たぬ世を願ひつつ新しき年の始めを迎へ 祝はむ

「願ひつつ」、「願ひつつ」とおっしゃる。昭和天皇なら 「祈りつつ」とおっしゃるでしょう。「祈り」から「願ひ」へ。「祈り」というと宗教的な雰囲気を感じますが、「願ひ」は個人の思いです。

そしてその「波」という言葉でいえば、日露戦争の頃の、明治天皇の有名な御製に「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」というお歌がありました。この御製を昭和天皇は毎日拝誦し、そして平和への志を胸に刻んでおられたという話があります。 第二次世界大戦の開戦のときにも、開戦に向かう会議のときにこの御製を懐に臨まれたそうです。読み上げられて、なるべく平和に解決してほしいということをしきりにおっしゃったということを『天皇と和歌』(鈴木健一著・講談社選書メチエ)で読みました。