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バフェットが実践する「実力主義の終身雇用」こそが企業を再生する

年功序列とは必ず切り離すこと

バフェット率いるバークシャーの定年は104歳

投資の神様・ウォーレン・バフェット率いるバークシャーグループの定年は104歳と定められている。

もともと定年などというものは無かったのだが、104歳まで現役で、自身が創業したネブラスカ・ファニチャー・マートの店舗をゴルフカートや車いすで駆け巡り激を飛ばしていた、マダムBことローズ・ブラムキンに敬意を表してのことである。

もちろん、もし104歳以降も働きたいという意欲的人物が登場すれば、バフェットは大歓迎するはずである。

 

マダムBは、1893年に当時のロシア帝国に生まれた。16歳の時にはすでに5人の大人を使って商売をしていたそうだから、子供の頃から祖父の雑貨店でコーラを仕入れて友達に売ったり、ピンボールマシンをゲームセンターにレンタルして大儲けをしたバフェットの商才に通じるところがあるかもしれない。

1917年のロシア革命の数年前に米国への移住を決意し、夫を先に送り出す。夫の後を追いかけて、パスポートを持たずに満州・日本経由で米国まで到達した彼女の物語は、ハリウッドの大作映画にできそうな壮大なものである。

1919年に、バフェットの本拠地であるネブラスカ州オマハに移り住み、ここでもいかんなく商才を発揮。1937年に創業したネブラスカ・ファニチャー・マートが地域一の評判店となりバフェットの目に留まる。

彼女がバフェットに店を売却したのは90歳になろうとしていた時だが、その後、大塚家具の「親子喧嘩」ならぬ「祖母と孫の喧嘩」のような騒動も引き起こしている。

孫(彼女が社長の座を譲った息子は高齢のため既に引退していた)と経営の主導権を巡って、本店の真向かいに競合店を出店させ激烈な競争を行った。マダムB の方が優勢なのを見て慌てたバフェットが両者を仲直りさせている。

バフェットが大成功できたのは、若いころから自分よりも年上の人々の力を上手に使ってきたからだが、マダムBはその典型であろう。

また、バフェットの盟友であり、バークシャー・ハサウェイの副会長であるチャーリーマンガーは1924年1月1日生まれで、1930年8月30日生まれのバフェットより7歳年上の95歳である。

その他にも、バークシャーグループにはいわゆる「後期高齢者」のすぐれた人材があふれるほど存在する。