日本社会を覆う「呪い」とは? ぼくりりが明かす活動終了の「真意」

「総括するならば、大敗を喫した」
柴 那典 プロフィール

「人間」が肥大化してる

――アルバムに封入された「遺書」のテキストの中でも少しだけ触れられていますが、作品を制作するにあたってニーチェの影響があったんですね。

そうですね。『没落』っていうタイトルは、そのまま『ツァラトゥストラはかく語りき』からとったんです。

ツァラトゥストラが森で賢者として生きていたのを辞めて、「自分は没落するぞ」と言って、人間を卒業して、人間の次の存在について話すわけじゃないですか。

人間は架け橋に過ぎないと彼は言っていて。猿、人間、そして超人という風になっていると言っていたので。「はあ?」と思って。

――「はあ?」って思ったんだ。

「ふーん」みたいな感じというか。「胡散臭いしなに言ってるかわかんないけどやってみますか」みたいな気持ちで。

ちょうど自分はぼくりりを持っているし、ぼくりりを没落させたらいいやんみたいに思ったっていう感じです。

 

――アルバムの最後が「超克」という曲で終わっていること、「人間辞職」という曲があったりするのも、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』のモチーフを受け継いでいる。

多大にオマージュの要素は含んでますね。ただ、翻訳によるところもあるんですけれど、あの文章は非常にわかりにくいというか、使ってる言葉のニュアンスが今と全然違うところがあって。

やたら道徳っていう言葉が出てくるんですよ。「俺たちの道徳は没落への意志である」とか「何言ってるの?」みたいに思って。

日本語としては読めるけど、意味がわからんみたいな箇所がすごく多いので。だから自分的にかみ砕いている要素もあります。

――自分的にかみ砕いている要素、というと?

ニーチェの思想が非常に現代に近しいなと思っていて。『没落』っていうアルバムの骨格とか根本のアイディアは、そこからスタートしているんです。

――ニーチェの思想と現代が通じることがあるっていうのは、かなり鋭い指摘ですね。どういうところでそう思ったのかを掘り下げて訊きたいんですけれど。

それは、人間が肥大化してるなっていうのがすごくあって。

――人間が肥大化してる?

僕が今から話す内容については、「人間」という言葉をまず定義しなきゃいけないんですけど。

「人間」って「人の間」って書くじゃないですか。つまり、「人」と「人」がいて、その間にこそ「人間」が生じるんだっていうこと。それが2人、3人、4人となって1000人になって、それが社会じゃないですか。

つまりは社会性を持った人を「人間」と呼んでるんですけど。「社会に適合して生きている人」こそが人間である、それは「まともであること」みたいに言い換えることができると思っていて。

つまり、まともな人がイコール「人間」であるということと僕は定義してるんです。そう考えると、「人間」であることのコストが非常に大きくなっているのが現代なのかなって思っていて。