〔PHOTO〕室岡小百合

日本社会を覆う「呪い」とは? ぼくりりが明かす活動終了の「真意」

「総括するならば、大敗を喫した」

2019年1月をもってアーティスト活動を終了することを発表している、ぼくのりりっくのぼうよみ。

昨年9月にニュース番組『NEWS ZERO』に出演し「“天才”を辞めようかな、と思って」と発言したその“辞職”宣言は、その後、批判に対して本人がツイッターで「黙れよ説教ババア」と投稿するなどの炎上めいた振る舞いも含め、大きな反響を巻き起こした。

2015年、17歳で華々しくメジャーデビューを果たした彼。筆者は、その最初期から「天才」や「破格の才能」などの大袈裟な言葉を使ってその登場を褒めそやしたメディア側の人間の一人である。だからこそ、活動終了を前にした今、その真意を問い質そうと考えた。

彼が最後に作り上げたオリジナルアルバム『没落』は、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の影響を強く受けた作品だという。ニーチェの思想が現代社会の状況に通じるものだと感じたことからアルバムの骨格が固まっていったそうだ。果たして、それはどういうことか。

ラストライブ「葬式」を前に、自らを葬ることの本当の目的について、そして今の社会に蔓延する「呪い」について、語ってもらった。

(取材・文:柴那典、写真:室岡小百合)

ぼくのりりっくのぼうよみ

大敗を喫してしまった

――昨年9月に『NEWS ZERO』で活動終了を発表してから、いろんな反響があったと思います。それを経て、どういう実感がありましたか?

ぼくのりりっくのぼうよみとしては、破壊することがやりたかったんです。それは昔からやりたかったことで。

メジャーデビューする前、インターネットで楽しくはしゃいで遊んでいた頃の自分に戻ったような感じがしていますね。過去の自分が持っていた感覚を取り戻した、みたいな。それが一番大きいです。

――破壊することをやりたい、ということはメジャーデビュー前から思っていたんですか?

ええと、総括するならば、ぼくのりりっくのぼうよみは、いろんなものに敗北したと思っているんです。大敗を喫してしまった。

つまり、本来はプロジェクトとして始めるべきものが、なぜだか途中で1人の人間を生存させることに移り替わってしまい、そこに何の目的も目標もなかった。ビジョンが存在しなかったんですね。

 

――敗北した?

つまり、勝負することがそもそもできていなかったってこと。たとえば「CDを何万枚売りたい」とか「どこどこでライブがしたい」とか、そういう目標があった上で臨んでいたら、そこに何%コミットしたか、達成できたかがわかるわけじゃないですか。

そういう単純な数字ではないかもしれないですけど、「世に影響を与えたい」とか「素晴らしい作品を作りたい」とか、何かしらのなすべきビジョンみたいなものが僕には必要だったなと思っていて。

それがないまま、なんとなくぬるっと「こっちのほうがいいっしょ」みたいな感覚でやってきたところがあって。

――ぬるっとやってきたというのは、メジャーデビュー後のこと?

その前もぬるっとやっていたんですけど、それまでは「自分の楽しいことをやる」っていうのが明確にあったので。それが失われて、何の目標も目的もなく何をしているのかなっていう感じになってました。

――目標やビジョンがなかったことで敗北したというのは、何に敗北したということなんですか?

つまり、目標がないということは勝負ができていないっていうことなんですね。Aという目標を達成できるかどうかというのが勝負であって、その結果として、達成できたら勝ちだし、できなかったら負けで。

でも、そもそも目標がふんわりしていたので、霞を相手に戦っているようなイメージなんですよね。なんとなく周りの人の調子のよさそうな様子は見えていて、羨ましいなーと思ったりとかもする、けれど、自分のことはよくわからない、みたいな。

そこそこの成功はあるのかもしれないけれど、そういう漠然とした言葉が出てくる時点で、ふんわりと敗北していると思うんです。

――なるほど。自分にとっての成功や勝利条件を定義してなかった。

なので、そういう状態でふんわりとやっていくこと自体が、そもそも大敗なのかなあ、と。

それは如実に数字にも現れていて。悪かったわけじゃないですけど「こんなもんか」みたいな感じだった。

そこは今思うと後悔が非常に多くて。そういうことですかね。