丸山ゴンザレス、タイの元囚人たちに逢いに行く

微笑みの国の真髄とはなにか

本当のタイを知らない!?

「タイに飽きた」

ときおり海外旅行好きの人から、そんな言葉を聞くことがある。「バンコクでの夜遊び、グルメ、観光も数回通えば十分だ」ということのようだ。果たして本当にそうなんだろうか。

たしかにわからないでもない。むしろ私も同じことを考えていた時期があった。でも、それが打ち破られるきっかけがいくつもあった。

郊外にある名も知らぬナイトマーケットやローカルカフェ、謎の巨大オブジェや地図に載っていないスラム街……。渡航回数は数え切れないほどあるのに、行くたびに発見するなにかがあり、どれも新鮮。これまでタイだと思っていたのは、バンコクの中心部だけだった。バンコクだけで、タイのすべてを知った気になっていただけなのだ。

 

それからというもの、タイの深淵に迫ってみたいという意識があったのだが、先日、都合よくそのチャンスが降ってきた。

「タイ、取材してみませんか?」

話を持ってきたのは、映画宣伝会社「トランスフォーマー」のKさん。彼女は「後ろ姿が美人だ」と関係者の間で評判の、映画の鬼だった。私との出会いは、ドキュメンタリー映画『カルテル・ランド』(2016年)のPR活動を通じてのこと。公開に先駆けてこの映画を観た私は衝撃を受け、いてもたってもいられなくなり、メキシコ麻薬戦争取材へ向かった。

その際にも彼女の協力が大きかったので、いまだに頭が上がらない。その人からの打診なのだから、断れるはずもない。

彼女が持ってきた話は、映画『暁に祈れ』のPRのための現地取材である。

『暁に祈れ』のPR活動中の筆者

この作品は、ビリー・ムーアというイギリス人の自伝『A Prayer Before Dawn: My Nightmare in Thailand's Prisons』を原作にしている。主人公ははっきりいってクズである。ボクサーとしての再起をかけて渡ったタイで、うだつのあがらぬ日々を送る。やがて銃や麻薬の所持など、多くの違法行為に手を染めて逮捕、タイの刑務所に収監されてしまう。

外国人が異国の刑務所に入ることほど恐ろしいことはない。言葉も習慣も違えば、仲間もいない。特にタイの刑務所に入るような連中というのは、お世辞にもまともな人たちではない。筋金入りの悪ばかりである。ビリーが地獄のような場所だと思うのも無理からぬこと。

そこでビリーは生き残るため、自分に残された唯一無二の武器である「拳」にすべてを賭ける。彼は、刑務所にあるムエタイチームに参加することにした。そこで、元ボクサーであるプライドを砕かれるのだが、それにも屈することなく、ただ生き残るために拳を振るい続け、やがて本物のムエタイファイターになっていく。

ざっくりとあらすじを紹介しただけでも、私がこの手の映画を嫌う理由なんてどこにもない。むしろ大好物である。

「行きます。明日行きます。すぐ行きます!」

そんなほとばしった返事をしたのだが、実際はこのときはブラジル取材の準備をしていて、それどころではない状況だった。

オファーから一カ月ほどして、南米から日本に戻ってきた。さて、次はタイ取材だと思って張り切っていたが、どうも様子が変だ。タイ国内の何箇所かの刑務所に現地の映画会社を通じて打診していたが、刑務所からの取材許諾が得られなかったのだという。

「取材の許可が全然出ないんですよ」

(これは中止かな……)。Kさんからの返事に弱気になったわけではなく、取材先がないのなら、タイに行っても仕方ないと思った。それからしばらくのこと。

「もう、行っちゃいましょう」

思いっきりのいいKさんの突然の決断。劇場公開まで2ヶ月を切り、PR期間を考えるなら、そろそろ限界かな、という段階になっていた。そこで「思い切って行っちゃいましょう」だ。

万一なにも取材できなければ、予算はパーになる。その場合、私も渡航費の一部は自腹を切ることもやむなしだな、と思った。むしろ昔はそうやって取材数を稼いでいた。初めて南アフリカに行ったときも、誰に頼まれていたわけではない。いまさら怖気づくほど経験不足でもない。彼女の決定に従うことにした(ちなみに、旅費の大半は結局Kさんがあとから都合をつけてくれた。感謝である)。

「そういうんなら、行っちゃいますよ」

航空券、ホテル、通訳、車両、カメラといった最低限必要な人・物の手配は半日で済ませた。取材先へのアポ入れもおおよそ済ませた。済ませたといっても、「とにかく明日から行きます。対応よろしく」とぶん投げる感じだ。荷造りは慣れているので、30分も必要としなかった。使い慣れたバックパックに小分けにした着替えを放り込み、あとはパソコンと資料をサブバッグにしまって完了である。

こうして、Kさんの決断から中一日を挟んで、バンコクのスワンナプーム国際空港に降り立ったのだった。