暴漢に襲撃されたフランク・マグニッツ氏〔PHOTO〕gettyimages

AfD議員襲撃事件が示すドイツ民主主義の「危険な兆候」

これが本当に民主主義のため、なのか

世にも奇妙な自己責任論

1月7日の夜、ブレーメン市でAfDの議員、フランク・マグニッツ氏が、地方紙『ヴェーザー・クリア』の新年イベントからの帰途、覆面をつけた三人の男に襲撃されるという事件が起こった。

AfDがその夜中に第一報を出したが、それによれば、マグニッツ氏は後ろからきた犯人に頭を角材で殴られ、地面に倒れたところを、さらに踏みつけられたという。氏は一時気を失い、偶然、近くにいた二人が助けに駆けつけたが、犯人たちは逃走。血まみれになって横たわる氏の写真も公開された。

翌日、似たようなバージョンをブレーメンの検察当局が公表し、「すべての方向で捜査する」と述べた。そして、シュタインマイヤー大統領がただちに、「議員に対するあらゆる暴力は法治国家への攻撃である。それに対して我々は団結し、断固対決すべきである」という模範的コメントを出した。

〔PHOTO〕gettyimages

しかし、その後の展開は驚くべきものだった。

いろいろな政治家が翌日、この事件に対するコメントを発し、もちろん皆が、政治に暴力を持ち込んではならないと明言しているものの、多くのコメントには、奇妙な「注釈」のようなものがくっつけられている。

たとえば緑の党の代表オツデミア氏のツイート。

たとえAfDに対してでも暴力は正当化できない。憎悪とともに闘争する人間は、最終的に憎しみを手にする。#nazisraus(注・ナチは出て行けという運動)は、我々の法治国家の手段である」

マグニッツ氏をナチと決めつけ、襲撃されたのは自業自得。自分たちが憎しみを振りまいたので、結局は自分が憎まれ、襲われたという論理。だから、ナチは出て行け運動は正しいという結論に繋がっている。

 

4日後の11日には、ブレーメンの検察が犯行当時の監視カメラの映像を公開した。すると、皆が寄ってたかって、AfDの発表した内容と食い違っていることを強調した。たとえば武器は角材ではなかったとか、倒れた後に踏みつけられた形跡がないとか。

マグニッツ氏やAfDが、あたかも事を大げさに言い立てたと言わんばかり。そんな記事を読んでいると、「なんだ、大した事なかったんじゃないか」という気にさえなってくる。

でも、冷静に考えてみたら、加害者に対する非難より、被害者に対する非難の方が大きいのはおかしくないか? 道路を歩いていて、襲撃され、血だらけになっても、AfDの議員なら自己責任であるかのようだ。

その翌日は、ZDF(国営第2テレビ)がオンラインページで、『AfDは現実を拒絶 フランク・マグニッツ襲撃の後、AfDはその責任を他の政党に押し付ける』という記事を出した。リードは、『言語学者のハイドルーン・ケンパーが語る。その背後に(注・AfDの)作戦』。AfDが事件を政治利用?

いったいなぜこんなことになっているかを理解していただくため、以下、①AfDと、②ドイツの左派の現状について、少し説明を加えたいと思う。

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