歴史のプロが語る「断片ではない『大局としての世界史』を学ぶ意味」

文庫版『興亡の世界史』が完結!
青柳 正規 プロフィール

不安定な世界で、歴史を学ぶ意義

──とくに印象に残った巻があればお教えください。

個人的には、世界が本格的にグローバル化した時代を明らかにした杉山正明さんの『モンゴル帝国と長いその後』、それから林佳世子さんの『オスマン帝国500年の平和』でしょうか。多様な民族が共存するイスラーム世界を掌握し、長期にわたる安定を実現したのがオスマン帝国ですね。

最近の、サウジアラビアのジャーナリスト殺害事件をめぐるトルコの対応など、「現代のオスマン帝国」を自任した振る舞いでしょう。

イスタンブルのサウジアラビア総領事館で盗聴行為などをはたらきながら、世界の批判を避ける巧みさなどは、アメリカとは違う「歴史の知恵」を思わせます。

また、最終巻にあたる『人類はどこへ行くのか』で大塚柳太郎さんが書かれた、人口学からみた人類史の大きな流れは、これまでの個別研究では見落とされがちな視点でしたが、まさにいま、緊急の課題でもあるのです。

 

──企画から10年以上経ったいま、あらためて、世界史を学ぶことの意義についてはどうお考えでしょうか。

いまは世の中が混沌としていて、これから世界がどういう方向へ行くのかわからず、多くの人が漠然とした不安を抱いています。その不安がふくらんでいるゆえに、今後の指針を得る手がかりとして世界が歩んできた歴史を知ることは重要だと思います。

いま世界史への関心が高まっているとしたら、その背景には人びとの不安感の増幅があるはずです。

もう少しくわしく述べると、第2次世界大戦後、東西冷戦時代が続き、やがてソ連が崩壊してベルリンの壁が壊された。

それによって何が生まれたかというと、社会主義に代表される大きな思想に対する失望と、社会の相対化です。相対化は次の核になる思想が出てこなかったことを意味しています。

そうしたなかで、近年にいたってアメリカのオバマ大統領のような理想主義的な政治家が出てくるわけです。アメリカ大統領の就任式をあれほど世界中の人が期待をもって注目したことはかつてなかったと思います。

ところが就任2年目には、スピーチと実行力のあいだにギャップがあることに多くの人が気づきはじめ、期待が大きかった分、失望がふくらみます。
 
さらにオバマ大統領だけでなく、国連などの国際機関や自国の伝統的なシステムに対する信頼も薄れ、ヨーロッパには難民が押し寄せるようになって、世界は混沌としてきました。ここにいたって問題は、近代世界の思想的中核だった民主主義の限界があらわになってきたことです。

──人類が苦労して獲得し、確かなものだと思われていた民主主義が案外もろかったということでしょうか。

民主主義はあくまでも同等の市民権をもつ人たちを前提としている場合において、最高の統治システムになりえます。

ですから、あらたに市民権をもたない人びとが入ってきたときには民主主義だけではだめで、そこにリベラリズムが不可欠になります。ところがリベラリズムが出てくると、その反作用としてかならずナショナリズムが台頭してくる。
 
こうしてリベラリズムとナショナリズムの葛藤がどんどん先鋭化しているのが、いまの世界の実情です。このようななかで、多くの人びとのあいだで不安感がひろがっているわけです。