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# 世界史

歴史のプロが語る「断片ではない『大局としての世界史』を学ぶ意味」

文庫版『興亡の世界史』が完結!
講談社創業100周年記念企画として2006年秋から刊行された「興亡の世界史」全21巻学術文庫版がこのほど完結し、好調な売れ行きを示している。
各巻でとりあげる地域や時代区分が従来の世界史全集とは大きく異なっており、しかも、それぞれの執筆者の視点を前面に出したスタイルは、刊行当初から注目を集めた。
原本(ハードカバー版)の刊行開始から十数年、この間にも世界は大きく変動している。そんな中、人類が歩んだ歴史を概観しようという試みは、どのような意義をもつのか。
また、全巻の統一性よりも、各巻ごとの特色を出した意図はどこにあったのか。編集委員で執筆者のひとりでもある青柳正規氏にお話をうかがった。

異色の歴史全集ができた理由とは

──さまざまな歴史シリーズや美術全集に携わってこられたご経験からすると、このシリーズはかなり異色の世界史全集といっていいのではないでしょうか。

これまで歴史全集といえば、巻の編成にしても、全時代をくまなくカバーしつつ整然と時代区分したものが多く、いわばとても静的なものでした。

それに対して、このシリーズでは、「興亡」という言葉に象徴されるように、ぜひ世界のダイナミックヒストリーを出すようにしようと他の編集委員のみなさんと考えました。そういう意味でかなり新しい、野心的なスタイルを感じていただけると思います。

各巻の執筆者も、それぞれの問題意識で時代の変遷をとらえ、各自が大切と考えるテーマに焦点を当てています。それによって巻ごとに執筆者の個性がはっきりと出た世界史全集になりました。

 

──そうした編集方針が歓迎される一方で、個々の研究者の主観や歴史観が強く出過ぎでは? と戸惑う声がなくもありません。

歴史書はなるべく客観的な叙述にとどめるべしというのは、それはそれでもっともな指摘ですが、しかし、「歴史」という、現在とは異なる過去の空間をとらえる時には、つねに現在が反映されます。

同じ江戸時代でも、終戦後に民主主義が日本にやってきた時点からとらえた江戸時代と、高度経済成長期から見た江戸時代は違うはずです。つまり、歴史書はそれが書かれた時代を映す鏡でもあるんですね。

ですから、それを書く人によって異なる見解があっても、ちっとも不思議ではないし、当然のことです。もちろん史実の誤りがあってはいけませんが、解釈や出来事の組み合わせや優先順位が研究者によって違っていても、まったくかまわない。

むしろ、そうしたいろいろな見方を知ることが、「歴史を学ぶ」ということでもあるのだと思います。

──執筆陣の顔ぶれもかなり多彩で、旧来の歴史学者という括りに入りにくい研究者が何人もおられます。

執筆者のなかには「自分は歴史学者かといわれたら、ちょっと違うんですよ」という方もいらっしゃいます。

そもそも私自身、美術史とギリシャ・ローマの考古学をやってきて、かつては歴史家の仲間には入れてもらえず、あくまでも「美術史と考古学をやっている人」とみられていました。

このシリーズでは、まず編集委員の陣内秀信さんは建築史・都市史ですし、イスラーム学の小杉泰さん、政治学の姜尚中さんに平野聡さん、アメリカ研究の生井英考さんなど、歴史全集としては異色の顔ぶれといっていいでしょう。

こうした執筆陣がそれぞれの専門領域を鮮明に出すことを大切にする一方で、教科書的「世界史」からみれば記述が欠けている時代もあるし、逆に異なる巻のあいだで重複する事柄も出てきます。

しかし、そこはあえて事前に不可侵条約を結ばずに、各執筆者になるべく自由に書いてもらおうと「可侵条約」でいったわけです。

その結果、全21巻がマトリックスのように整然としておらず、逆にそこから、ある種の「世界史のダイナミズム」が生まれたと思っています。

「カルタゴ」や「ケルト」などの「敗者の歴史」や、「東インド会社」を軸に据えた巻など、どんな本になるのか、編集委員といっても、私自身予想できない。読者として楽しませてもらったわけです。